難病の市議に渡った「挑戦のバトン」 筋ジストロフィー患者、障害感じぬ社会へ全力

埼玉県桶川市議会の一般質問に臨む筋ジストロフィー患者の市議、浦田充さん

 昨年11月、埼玉県桶川市に全身の筋肉が衰えていく難病「筋ジストロフィー」患者の市議会議員が誕生した。浦田充(うらた・みつる)さん、27歳。電動車いすで生活する浦田さんが政治家を目指した背景には、同じ病で選挙に挑戦した先輩の姿があった。「挑戦のバトン」を受け取った浦田さんは、障害を感じずに暮らせる社会を実現するため全力を注ぐ。(共同通信=沢田和樹)

 ▽役に立ちたい

 浦田さんは幼稚園のころに転びやすいなどの症状が出始め、小学1年生で筋ジストロフィーと診断された。車いす生活になり、5年生で養護学校(現在の特別支援学校)に転校。「仲の良い友だちと遊ぶ機会が減り、養護学校の同級生は2、3人。孤独感を覚えた」と振り返る。なぜみんなと同じ学校に行けないのか。普通校への思いは募った。

 「バリアフリー環境が整っていない」「適切な支援ができない」。さまざまな理由で受験できない高校や大学は多かったが、逆境をはねのけ、普通校の県立上尾高に合格。大学は立正大法学部に入学し、2015年に首席で卒業するほど勉学に励んだ。

桶川市議の浦田充さん

 就職活動では、車いすで会社説明会や試験に行く必要があり、大きな負担だった。なかなか内定も出なかったが、苦悩をフェイスブックに書き込んだことが企業の担当者の目に留まり、ウェブデザインを手掛ける会社に就職。16年には障害者向けの旅行企画を提供する代理店を立ち上げた。

 「人の役に立つ仕事がしたい」。浦田さんは将来を考えるに当たり、漠然と政治家への思いを持っていた。受験や就活と違い、選挙ならば門前払いされず、条件を満たせば誰でも立候補できる。政治家になれば、自身の経験を基に政策を提言できる。ただ、行動を起こせずに時間が過ぎていた。

 ▽渡ったバトン

 背中を押したのは、昨年4月の千葉市議選に立候補した介護事業所経営者で同じ病の渡辺惟大(わたなべ・ただひろ)さん(33)の姿だった。

 渡辺さんは小学生のころから千葉市で暮らしてきた。東京五輪・パラリンピックの開催都市でもある市を障害者や高齢者、外国人など多様な人が暮らしやすい街にしたいと考え、市議選への立候補を検討したが、政党の後ろ盾なしで新人候補が勝てるほど甘くないことも分かっていた。

 決意が固まらない中、インターネットで目にしたのが、15年の千葉市議選に立候補した上野竜太郎(うえの・りゅうたろう)さんの記事だった。上野さんは当時25歳で、政党の支援も知名度もなく当選の可能性の低い「泡沫(ほうまつ)候補」とみられていたが、無職で引きこもりだったことからネットを中心に「ニート候補者」として話題になった。

 1399票を集め、善戦しながらも落選した上野さんだったが、記事には、これまで選挙に立候補するのは無理だと思っていた人に「自分にもできる」と伝えられたのであれば、挑戦した意味があったという上野さんのメッセージが記されていた。まるで自分へ向けた言葉のように感じた。心に刺さり、渡辺さんも立候補を決めた。

 渡辺さんは千葉市のバリアフリー化や、障害者の視点を政策に反映させるダイバーシティ課の新設を訴えたが、2155票の次々点で落選した。ただ、悔いはない。

千葉市議選に立候補し、支持を訴える渡辺惟大さん=2019年3月、千葉市内(本人提供)

 「落選したのは残念でしたが、浦田さんに選挙に出られると伝えられたのであれば、意味があったと思えます。『挑戦のバトン』を渡す役割をほんの少し果たせたかもしれません」

 ▽バリアフリーの風

 渡辺さんの姿をニュースで目にした浦田さんは、眠っていた思いを呼び起こされ、昨年11月の桶川市議選に立候補した。早朝のヘルパーの手配が難しく、他の候補者のように通勤通学する人へ支持を訴える「朝立ち」はできない。病の影響で傘を差せず、雨が降れば街頭でのビラ配りもできない。ハンディを抱えての選挙戦だった。

 ただ、期間中は好天に恵まれ、浦田さんは毎日街頭で公約を訴えた。最初は「あまり協力できない」と話していた家族も、浦田さんの懸命な姿を見てか、全面協力してくれた。結果は次点に25票差という薄氷の勝利。組織も後ろ盾もない27歳が、先輩から受け継いだバトンを当選にまで導いた。

自宅でインタビューに応じる浦田さん

 「桶川に新しいバリアフリーの風を吹かせたい」。昨年12月、浦田さんは当選後初の市議会一般質問で、こうあいさつした。障害のある子どもへの学校での支援体制を問いただした上、JR桶川駅周辺へのスロープ設置、古くなったトイレの改修といった駅全体のバリアフリー化を求め、市当局に「計画だけでも早く作成を」と迫った。

 傍聴席では車いすの人など約20人が見守っていた。目が見えず、盲導犬を連れていた佐藤静子(さとう・しずこ)さん(66)は「障害は不便だけど、不幸ではない。浦田さんが障害者だからどうとは思わない。一政治家として、どういう政治をするのか見ていきたい」と期待した。

 昨年の参院選でれいわ新選組から難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」患者の舩後靖彦(ふなご・やすひこ)さんと重度障害者の木村英子(きむら・えいこ)さんが当選し話題となったが、障害のある政治家はまだまだ少ない。日本筋ジストロフィー協会によると、筋ジストロフィー患者の議員は全国で浦田さんだけとみられる。

 渡辺さんは、浦田さんにエールを送る。「浦田さんの当選が、挑戦に迷っている人の背中を押すことになるでしょうし、もう既にそんな方がいるかもしれません。筋ジスと付き合いながら生活してきた経験が、地域の課題解決のヒントになることも多いと思うので、さまざまな課題に取り組んでほしいです」

桶川市議会で小野克典市長(右上)に質問した浦田さん(手前左)

 浦田さんは桶川市議の中で最も若い。議会などでは市当局にうまくかわされたと感じることもあるが、政策実現へ粘り強く働き掛けるつもりだ。「みんなが障害を感じずに暮らせる社会を作りたい。互いを認め合い、全ての人が快適に過ごせる社会に近づけられたら良いですね」

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