感染防止は十分だが、別の課題があらわに 4カ月遅れで自動車レースのF1シリーズが開幕

F1オーストリアGPで優勝したボッタスもマスク姿だ(C)Mercedes-AMG F1

 7月3日、オーストリア中部のシュピールベルクにある「レッドブル・リンク」でF1オーストリア・グランプリ(GP)のフリー走行が行われた。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、約4カ月間延期されていたが自動車レースの世界選手権シリーズでは先陣を切る形で今シーズンがようやく開幕した。5日には決勝が開催され、メルセデスのバルテリ・ボッタス(フィンランド)が優勝した。

 だが、新型コロナは華やかなことで知られるF1のありさまを一変させてしまった。異例ずくめとなった開幕戦で何が起きていたのだろうか。(モータースポーツジャーナリスト=田口浩次)

 ▽違和感ばかり

 実は今季のF1は一度〝開幕〟している。3月20日、オーストラリアGPはフリー走行を実施することになっていた。だが、F1チームのスタッフに感染者が出たことで、開始直前に同GPの中止を決定したのだ。

 7月5日のオーストリアGP決勝は大荒れのレースとなった。2番手からスタートしたレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン(ベルギー)がレース序盤でリタイアすると、その後もレースを終えるマシンが続出。20台中、11台がチェッカーフラッグを受けられなかった。マシンの信頼性が向上している近年ではかなり珍しい結果だ。チームも活動を休止していた影響があらわになったと言える。

 レースの中継映像も違和感だらけだった。スタンドを埋め尽くしているはずの観客がいないのだ。F1ではごく普通にいる有名人や富裕層のゲストを見ることもない。

ピットレーンでマシンを移動させるアルファタウリ・ホンダのチームスタッフ(C)Red Bull Content Pool

 マシンの作業に携われる人数が制限されているため、昨年まではスタッフでごった返していたピット(マシンの整備を行う施設)のスペースには余裕があった。取材できるジャーナリストの数も大幅に減らされている。全ては感染防止を目的にソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保するためだ。

 もちろん、マスクは全員が着用している。レースが行われるのは昼間なのでピットなどはかなり暑くなる。そんな環境で、マスクをして作業しなければならないスタッフが熱中症にならないか、心配になってしまった。

 感染防止に努めなければならないのはドライバーも同じだ。予選後や決勝レース後に、インタビューを受けるドライバーは必ずマスクを着用していた。

 通常ならメインスタンドで行われる表彰式は何とコース上で開かれた。インタビューを担当した元F1王者のジェンソン・バトン(英国)が、初の表彰台となる3位に入ったマクラーレンのランド・ノリス(英国)に「ハグをして祝いたいけど…。駄目らしいから」と前置きしてから質問を始めた姿は印象的だった。

F1で使用されているPCR検査キット(C)Red Bull Content Pool

 ▽ PCR検査は5日に一度

 開幕戦にこぎ着けるまでの道のりは容易ではなかった。今回、裏側について欧州メディア関係者から、多くの情報を得ることができたので紹介したい。

 「新型コロナ禍でレース活動を継続するために、80ページに及ぶ感染防止のガイドラインを策定した。真っ先に手がけたのは検査体制の確立だ。結果、ドライバーやチーム関係者などF1に関わる全ての人に検査を義務づけることができた。私もこのインタビュー後にPCR検査を受けるよ」

 そう語るのはF1を運営するリバティ・メディア代表のチェイス・キャリーだ。

 具体的にどのようなやり方で検査するのだろう。各チーム関係者などは、レース開催地へ出発する72時間以内に2度のPCR検査を受けて、陰性を証明しなければならない。

 現地入りしてからも5日おきのPCR検査が義務づけられる。人数を大幅に減らしたとは言っても、1千人近くの人がレースに関わっている。その全員にPCR検査を頻繁に実施するのだから決意のほどが分かる。

 検査の際には鼻の奥に粘液を取るための長い棒を突っ込むので、すこぶる評判が悪い。それでも、F1を円滑に運営するためにみな我慢していると、スタッフの一人は話す。

 このほかにも求められることがある。全ての関係者は毎日の行動記録を報告しなければならない。行動できる場所も制限された。宿泊するホテルまで指定されていて、食事もすべて指定業者のケータリングでなければならない。このような厳しい規制を導入したのは、感染が発覚した場合に、接触した人や感染経路をできるだけ容易に特定するためだ。

 チームスタッフほどではないが、サーキットにいる現地のスタッフにも感染防止対策が取られている。例えば、ソーシャルディスタンスは必須。また、スタッフが使用する無線機や携帯電話なども個人専用とすることで、できる限り複数の人が手を触れないようにした。

インタビューの際もソーシャルディスタンスを意識している。以前は、隣り合って行っていたのが嘘のようだ(C)Red Bull Content Pool

 ▽マシンの安全性をどう担保するか

 しかし、人数を減らしたしわ寄せも発生している。例えば、各チームスタッフの仕事量は急増している。これが開幕戦で続出したリタイアにつながったとは簡単には言い切れない。それでも、準備不足が事故に直結しかねないことは明らかだ。

 モータースポーツにとって最も大切なマシンの安全性をどうやって維持していくかは今後の課題になりそうだ。

© 一般社団法人共同通信社