認知症の母、放置の果て

第4部 発信なきSOS(1) 潜む異変(上)

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「子どもの頃から1人でいるのが好きなんです」。原田弘さんは部屋にこもり、漫画やテレビを見て1日の大半を過ごす=6月、宇都宮市内

 真っ黒に汚れた顔が、こちらを見上げていた。

 「あまりの異様な風貌に、すぐには人だとは気付かなかった」

 もう10年は経っただろうか。ケアマネジャーの西山美智子(にしやまみちこ)さん(57)が宙を見つめ、記憶をたどる。

 のっぺりとした汚れが顔全体を塗りつぶしていた。まるでお面をつけているようだ。爪は何年も切っていないのだろう、ヘビがとぐろを巻くように指先かららせん状に伸びていた。

 薄暗い和室だった。カーテンを開けると、春の日差しに横たわる老女が浮かび上がった。西山さんのこの日の面会相手、原田秀子(はらだひでこ)さん=当時(81)=だった。

 宇都宮市の中心市街地に近い住宅地に建つ、駐車場と小さな庭がある2階建ての一軒家。秀子さんはそこで、50代後半に差し掛かった一人息子、弘(ひろし)さんと2人で暮らしていた。

 弘さんは現在、宇都宮市郊外の賃貸マンションに1人で住む。もう70歳になろうとしている。小さな台所にフローリングの部屋。固定電話も携帯電話もなく、必要最低限の物しかそろっていない。

 2階建ての一軒家で秀子さんと暮らしていた頃は、仕事が終わると決まったコンビニに寄り、帰宅する。執着するようにそれを繰り返す毎日だった。勤務先は大手の自動車メーカーの関連会社。

 いつも身なりを整え、近隣とのトラブルも、もちろんなかった。

 どこにでもいる普通の会社員。弘さんは周囲からそう映った。

 ただ、他人と関わることが極端に苦手だった。だから、近所の人たちと会話することは、ほとんどなかった。

 ちょっとした異変に近隣の人たちが気付いたのは、弘さんが引っ越してきて5年が過ぎたころだ。

 「最近、お母さんの姿、見かけないね」

 西山さんの回想は続く。

 2階建ての一軒家で秀子さんを発見したとき、認知症が進んだ秀子さんはもう1人で起き上がることができなかったこと。髪がずいぶん伸びていると聞き、同行してもらった美容師の資格を持つヘルパーが立ちすくみ、最後までハサミを髪に入れることができなかったこと。

 はってトイレに向かおうとしたのだろう、あちこちに汚物を隠すように新聞紙が散乱していた部屋。強烈な異臭は今も鼻の奥に記憶として残っている。

 人を、ましてや母親をここまで放っておけるものなのか。信じがたい思いに襲われた。一見すると何の変哲もない一軒家。そこに潜んでいた異常なまでの現実に、絶句するしかなかった。

 こたつに横たわる秀子さんに手を差し伸べ、血圧を計ると異常に高かった。著しく体調を崩しているのは明らかだった。近くにかかりつけ医があった。

 連れて行くと、医者は言った。

 「原田さん、2年近くも来ないからどうしたかと思ってたんだよ」

 なぜ、誰も気付くことができなかったのか。釈然としない思いが、西山さんには今もある。

(文中仮名)

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 社会に潜むさまざまな要因に健康上の問題を見いだし、改善に導く社会的処方。だが、自ら声を上げることなく支援の網から漏れ、健康を損ねる人、中には死に至る人もいる。SOSを発せない、発せられない人たちをどう拾い上げていくのか。課題は少なくない。