【高校野球】来春閉校の“最後の世代”が挑む夏 北海道・江陵が目指す頂点と人としての在り方

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江陵の谷本献悟監督(左)と選手たち【写真:石川加奈子】

創部57年の歴史に幕を下ろす最後の部員20人

ソフトバンク古谷優人投手の母校でもある北海道の江陵が最後の夏を迎える。北海道幕別町にある江陵は、道立の幕別と統合されて来春で閉校となる。現在の部員は3年生20人。1964年の野球部創部から57年間の歴史に幕を閉じる“最後の代”を意気に感じて入学した選手たちは、今夏の代替大会で北北海道の頂点を目指す。

心の支えにしてきた合言葉“最初で最後の甲子園”は、その切符をつかむための土俵に上がることさえできなかった。甲子園中止が決まった5月20日、谷本献悟監督は寮に残っていた7人と自宅からオンラインで参加した選手13人とミーティングを開いた。春休みの本州遠征が中止になった時から最悪の事態を想定し「器が試される」とその時に何を伝えるかを考え続けてきた。

甲子園がなくなったからといって人生は終わらない。誰が悪い訳でもない。たくさんの大人が開催を模索してくれた。つらい経験はその人の使命感につながる。今、健康で野球ができることは幸せ……。

全て冷静に言えるはずだったが、選手の顔を見ているうちに、思い出がよみがえってきた。「毎日バットを振って、最初で最後の甲子園に行くって頑張ってきて……。でも行けなかった」。声を詰まらせて涙を見せたのはこの一瞬だけ。無理やり笑顔をつくって続けた。

「だけどお前らの人生は終わらないし、俺とお前らの関係も終わらない。このことがあって良かったと言える人生になることを信じている。やってきたことは間違ってない。お前たちと一緒に困難を乗り越えたことは幸せだった。また、みんなでグラウンドに出て、同じ夢を持って笑いながら野球ができる日が来る。まだまだ成長できる姿を高校野球ファンに伝えようぜ」

横浜から野球留学した尾崎主将「この高校を選んで正解だった」

指揮官の誠心誠意の言葉を聞いた選手たちは、涙をグッとこらえてうなずいた。横浜から野球留学してきた尾崎太郎主将(3年)は「ミーティングの話を聞いて、この高校を選んで正解だったと思いました。この経験をどう生かすかで人生が変わる。前を向いて強く生きたいです」と気丈に語った。

PL学園中出身で「球道即人道」を指導理念に掲げる谷本監督との出会いで人生の考え方が180度変わったという。「入学前は技術だけでいいやと思っていましたが、人間性や感謝することの大切さを教わりました。監督さんを甲子園に連れて行って男にするという気持ちは変わらないです。みんなものすごい縁で集まった仲間。死ぬまで一生大事にしたいし、大会があれば、監督さんと仲間を信じて、教わった谷本野球を全力でやりたいと思います」と尾崎主将は前を向く。

監督を甲子園に連れて行って男にする――。実は5日に1軍デビューを飾ったソフトバンクの古谷も高校時代、このフレーズを何度も口にしていた。ミーティングで谷本監督はその古谷の話題も持ち出した。プロ入り後に血行障害で苦しんだこと、結婚して勝負の年を迎えたもののコロナ禍で開幕できずに焦っていることに触れた。

「昨日古谷に電話をしたら『自分は江陵で学んだことを信じて頑張るから、後輩たちにも頑張ってくれと伝えてください』と言っていた。つらいのはお前たちだけじゃない。捉え方だよ。この経験は絶対に生きる」と、20人の選手に静かに訴えた。

間接的に届いた古谷のメッセージはナインに勇気を与えた。左腕エースの永島翼投手(3年)は「目標にしている方。けがをして這い上がってきているので、自分たちもこんなところで下を向いていられない。全員で勝利を届けたいです」と意気上がる。

谷本監督の教え「ほかの学校の3年生も最後に変わりないよ」

昨秋は十勝支部予選で白樺学園に5―7で逆転負け。その後、白樺学園は全道大会で初優勝して明治神宮大会に出場し、今春のセンバツ出場を決めた。ライバルとの再戦を熱望する永島は「1年夏からずっと負けているので(4連敗中)、最後に必ずやっつけたい」と力を込めた。

谷本監督は昨オフから「夢を叶える法則はワクワクすること」と言い続けてきた。だから、来春の閉校を悲壮感に結びつけるつもりはない。「周りの人たちは最後の夏だったのにかわいそうと言うかもしれないけど、ほかの学校の3年生も最後に変わりないよ」と選手に説いている。

「コロナのことがあってから、1日1日すごいスピードで状況が変わっていて、何があってもおかしくない。(代替の)道大会でチャンピオンになれば、来年3月に甲子園でやれるチャンスもあるかもしれない。プラス思考をすれば、いろんな取り組みができる。お前たちに引退はないよ」と谷本監督は選手に優しく語りかけた。

コロナに翻弄されたラストイヤーを日々前向きに取り組んできた選手たちは、きっと夏の大会が終わっても大好きな野球にとことんまで打ち込むだろう。学校の歴史に幕を下ろす最後の夏に甲子園大会が開催されたなかった不運を、いつか笑って振り返るために。(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)