過去最多のネット不正送金、詐欺師が使う巧みな「引き算テク」とは?

みなさんのところにも、少しドキッとするようなメールが届いたことがないでしょうか。このところ、銀行や大手ECサイトなどをかたったものが多く届きます。つい、本物だと思ってアクセスしてしまい、金銭的な被害を受ける人が後を絶ちません。なぜなのでしょうか?ここには、詐欺師が使う魔の心理テクニックがあるからです。


銀行の名を語るメール

私のところにも、「あなたの〇〇銀行口座(編注:銀行名が入ります)にはリスクが検出されましたので、口座の資金安全を確保するために、一時的にこの口座を制限します。正常な利用に影響しないように、ご自分で制限を解除してください」そして「下記のURLをクリックしてログインを解除してください」という内容が届きました。

普段使っている銀行からのメールですが、文面を読みながら、どこか違和感を覚えます。メールに載るURLを見ても、確かに本物の銀行HPでも使われるアドレスのようにも思われますが……、この種の詐欺メールは多いので、念のためブックマークしている本物の銀行のサイトと見比べてみると、些細な違いを見つけました。ここには正規サイトにはない「.」が存在していたのです。そして、検索サイトで改めてこのメールを調べてみると、詐欺であることがはっきりしました。

この他にも、民営化した某銀行を騙るメールもきましたが、この誘導先のURLにも実際のHPで使われる英文字が用いられています。微妙な違いゆえに、サイトアドレスの確認をしたつもりでも、正規のHPとの違いに気づかずに、アセスする可能性は十分にあるのです。

誘導先の詐欺サイトでは、本物の銀行と色、形がそっくりな手続き画面が出てきて、自分のIDやパスワード、生年月日など打ち込むように指示してきます。それに入力してしまえば、知らぬ間に不正な送金がなされて、銀行の残高が限りなくゼロになってしまいます。最近では、一回だけしか使えないワンタイムパスワードをも盗みとる手口もあり、実に巧妙化しています。

過去最多の不正送金の被害数

警察庁によると、令和元年のインターネットバンキングに係る不正送金の被害件数は1872件と過去最多で、被害額は25億2100万円と、前年度の4億6100万円から大幅に増えています。今、続々と私たちの口座からお金が消えているのです。

知らぬ間に、銀行残高がゼロにならないためにも、知っておいてほしいのは、詐欺師たちが使う、引き算の法則です。詐欺師は「引く」という心理操作術を使いながら、私たちを罠にはめようとしてきます。

人は財布をなくした、怪我にあったなど、平穏無事な世界からマイナスな状況に陥ると、冷静ではいられなくなります。騙す側はあえて、現状からの引き算をして、こうした状況をつくり出します。

最近のオレオレ詐欺を見ても、偽の息子が「コロナにかかったかもしれないから病院にいく」「コロナ不況の影響で、会社が倒産して、お金が必要になった」など、電話を受けた親を不安にさせるようなマイナスな事情を訴えかけて、騙そうとします。

詐欺メールも同様で、アメリカの大手IT企業をかたるものには、

「普段お客様がご利用になられていない環境から〇〇(編集注:企業名が入ります)へログインがありました,異常は発生しますので、お客様のアカウントをチェックしてください。
XXXX ID:*********
ログイン日時 : 2020/6/18 23:15:28
IPアドレス : 152.209.125.32(奈良)
不正なユーザーが〇〇アカウント(編集注:企業名が入ります)にアクセスした可能性があると考えています。したがって、アカウントへのアクセスを一時的にブロックし、オファーを無効にします」

というものがあります。

IPアドレスや不正なログイン情報までも提示して、メールを見た人に不安感を生じさせています。

こうした「セキュリティ上の問題が見つかりました」「ログイン異常がありました」という言葉で、安心から不安への引き算をしてくるわけです。

大丈夫だと思っていても危ない

こうした騙しの引き算は色々なところに使われます。

昨年、オレオレ詐欺に俳優の斎藤洋介さんが引っ掛かってしまい、100万円を渡してしまいました。以前に、テレビの詐欺検証番組で共演した際、番組の演出上、斎藤さんには詐欺にわざとひかかってもらい、詐欺への免疫がついたと思ったのですが、本人いわく「当事者になると、冷静でなくなる」そうで、あまり効果はなかったようです。「知っている」「わかっている」という油断に隙間が生じて、騙されてしまったのかもしれません。

実はここでも、別な引き算を巧みに使われていました。

最初に、偽の息子から「未成年の女性を妊娠させて、慰謝料を支払わなければならない」と電話があり、「500万円が必要だ」と言われました。しかしそれに対して、斎藤さんは「そんな大金、今すぐ用意できるわけない」と言うと、相手は金額を下げていき、100万円になりました。横で話を聞いていた奥さんも、その金額で納得したようで、斎藤さんはそこで折り合いをつけたわけです。

これは、金額を下げるという引き算です。これにより、詐欺師は相手がどの位ならお金を払えるのかを、判断できることになります。また、お金を出す方も「高いより安い方がよい」という心理が働き、お金を払いやすくなります。

「引く」という言葉で、幼い頃、海を見ながら、おじいさんに言われたことを思い出します。
「大きな引き潮がみえたら、逃げろ!津波がくるぞ」と。今にして思えば、あれは、1960年のチリ地震による大津波の教訓だったかもしれませんが、これは詐欺にもあてはまることです。

相手の言葉や話に大きな引き潮が見えたら、間違いなく次に、詐欺の大波がやってきます。飲み込まれたら、ひとたまりもありません。それゆえに、私たちを動揺させるような「引き算」の兆候があったら、画面をすぐに閉じて、電話であれば、即切る。すぐにその場から逃げるようにしてください。冷静さを取り戻すことが、被害に遭わないためには大事なことなのです。

資料 インターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数の推移
インターネットバンキングに係る不正送金事犯の被害額の推移(出典 警察庁)

© 株式会社マネーフォワード