五輪成功のヒントは「現代の出島」? スタジアムに必要な3つの対策と公衆衛生都市という未来図

7月に入り東京都内で新型コロナウイルスの感染者が連日100人を超え、依然として予断を許さない日々が続く。一方、今月からスポーツ界では部分的に観客を入れた興行を再開する予定であり、将来的なコロナ共生も踏まえ、スタジアム・アリーナの在り方について改めて見直す必要が求められる。そこで今回は「公衆衛生」をキーワードに、スタジアム・アリーナの専門家、上林功氏が東京五輪開催に向けて3つの対策を提案。さらに東京ベイエリアの有効な活用方法についての可能性も探る。

(文=上林功、写真=Getty Images)

スタジアム・アリーナの在り方を見直すタイミング

東京オリンピック・パラリンピックが来年に延期になり、簡素化での開催が検討されています。6月10日に報じられたIOC(国際オリンピック委員会)との合意内容では、

①安全・安心な環境を提供
②延期に伴う費用を最小化
③安全で持続可能な大会とするための簡素化

を基本原則として、式典やイベントの縮小、参加者を限定的にするなどオリンピックそのものをシンプルに行うとされています。

IOCが掲げる「オリンピズムとコロナ」の中で、今後スポーツにおいては公衆衛生が重要となることを挙げており、来年行われる東京オリ・パラは、単なるスポーツイベントに留まらず、今後のスポーツの在り方を示す試金石の一つとなると考えられます。

一方で、今後については感染症収束に向けた動きを注視しながら「秋以降に詳細な検討を行う」としており、しばらくは座して待つ状態となっています。個人的には、将来的なコロナ共生を踏まえて、今からスポーツ実施の体制を整えることが肝要であり、官民連携も含めたスタジアム・アリーナの在り方について、都市と一体となった公衆衛生の観点で見直すタイミングにあると考えています。

新型コロナウイルス感染症については、いまだその特性が完全に明らかになったとはいえません。各国の違いから見られる有効な感染症対策が知見として蓄積・更新されている状態です。ワクチンの開発も含め、本来なら二重三重に安全対策が取られた中で東京オリ・パラを進めるのが道理だとは思います。

一方で、プロ野球をはじめとするスポーツ興行が国内でも再開され、今月からJリーグとプロ野球で部分的に観戦者を入れて興行が再開されます。新しい生活様式を模索しながら、スポーツ観戦の在り方について模索するタイミングであることは確かであり、これらを踏まえた1年遅れの東京オリ・パラを構想することは、単にオリ・パラを実施する意味以上の、我が国の公衆衛生を大幅に見直すきっかけになると考えています。

今回は、「公衆衛生」をキーワードにスタジアムやアリーナでのスポーツ観戦について、従来行われてきた衛生対策を見直すとともに、来年の東京オリ・パラに向けた公衆衛生の在り方について考えてみようと思います。

「興行場」がリスクの高い場所との認識

まずは従来あったわが国の公衆衛生についておさらいしたいと思います。スタジアムやアリーナの環境衛生については、厚生労働省が定める「興行場法」によって細かい規定が盛り込まれています。「興行場法」は名前だけ見るとスポーツ興行などを行う興行場についての法律に見えますが、内容としてはトイレの数や喫煙所、掃除しやすい観客席などについて書かれた「興行場の衛生」に関する法律となっています。

なぜ、興行場にスポットが当てられた名前になっているかというと、もともと不特定多数が集まることで、トイレなどの衛生環境が著しく悪くなる場所の代表として「興行場」が取り立ててリスクの高い場所との認識が当時からあったためと考えられます。その内容は主に水回りに集中して厳しい規定があり、手洗いやトイレなど細かい仕様が定められています。

当時、感染症として猛威を振るったのはコレラや赤痢などで、主に水回りを介して感染が広がったことに起因しており、不衛生な排水を集約して適切に処理できるよう法律に定められました。

これら興行場法は今となっては、衛生状況が悪かった昔に比べて便器や水洗などの衛生機器が発達したことで、一般的な建材を使用すれば特に気にせずに規定を順守できるまでになりました。ところが、今回の新型コロナ感染症の蔓延にともない、これらスタジアム・アリーナの衛生環境に関する規定の見直しが必要になっているのではと考えています。

これらの規定は長年変化がないものでしたが、十数年前、改変せざるを得ない大きな動きがありました。レジオネラ症です。現在でも、アリーナ、特にプールにおいて要注意となる細菌感染症です。空調機の室外機で媒介されたレジオネラ菌が換気口などを通じて屋内に入り、その空気を吸った人が発熱などを引き起こします。長年原因がわかりませんでしたが、そのメカニズムが特定されてからは、換気口と室外機を一定の距離で離す規定が盛り込まれました。建築そのものの仕組みに感染症が関わる例として今でも取り上げられます。

感染拡大の仕組みに不明なところを残す新型コロナウイルスですが、そのメカニズムが明らかになるとき、スタジアムやアリーナの仕組みそのものを見直すことになる可能性も否定できません。事前の消毒清掃などでカバーできるような予防策によって解決できることであればいいのですが、そもそものスタジアムやアリーナの構造を考えると難しいかもしれません。多くの施設が密集・密接、屋内であれば密閉の3密を満たしてしまうことを考えると、抜本的な対策を講じなければ安心安全とはいかないのではないでしょうか。

東京オリ・パラに向けて考えられる3つの対策

では来年の東京オリ・パラに向けた対策とはどのようなものが考えられるでしょうか。いくつか具体例を挙げてみたいと思います。

1つ目は「観客席を空けて社会的距離を確保する感染予防対策」です。

現在いくつかのリーグや競技団体で検討されている3密回避の方法として、座席間を空けて社会的距離を確保する、というものがあります。密集・密接状態を回避するうえで有効と考えられていますが、実際に観客席スタンドの寸法に当てはめ1mの離隔を取ろうとすると観客席は1/5程度となります。新国立競技場の一般席は約5万7000席なので、社会的距離をとるならば単純計算で約1万1400席が使用できます。一般席は166ブロックあるので、1ブロック当たり約70人弱となります。万一感染者が出たときのことも考え、観戦者の行動履歴を確認する必要がありますが、ブロックごとに管理すればそれほど大きな負担にもならなさそうです。また全席指定席なこともあるため、接触確認アプリなどを併用すれば、濃厚接触者を特定することもできそうではあります。外部コンコースを有効に利用して座席へのアプローチも限定することもできそうです。

2つ目は「声援の制限」です。

映画館とは異なり、スポーツ観戦には声援がつきものです。台湾プロ野球などでは声援を禁止して拍手で応援するなどの工夫も行われています。すでにJリーグの一部チームでは、テレビやネット視聴者からの支援アプリを使って視聴者からスタジアムに直接、声援や拍手を反映させる仕組みも検討されています。会場では大きな声援を限定し、視聴者からの応援を場内放送やテレビ放映・ネット配信に重ねるなどの方法は考えられるかもしれません。

3つ目は「オープンスペースの利用」です。

新国立競技場のある神宮外苑や有明アリーナなどが整備されている東京ベイエリアは会場周囲に多くのオープンスペースを持っています。コロナ禍以前から横浜DeNAベイスターズやFC今治などで行われている観戦スタイルの一つにライブ中継によるパブリックビューイングがあり、公園施設や公開空地を利用したスポーツ観戦が行われています。テニスの全米オープンなどでも会場内に入らず、周囲のオープンスペースを利用してパブリックビューイングを行うケースなど実績もあり、こうした3密を避けた観戦スタイルの模索は可能かもしれません。

また、昨年国内で行われたラグビーワールドカップのように、こうしたオープンスペースに仮設のホスピタリティラウンジを整備して、食事の提供を受けながらスポーツ観戦できるエリアを拡大することもできそうです。

すでに海外でも有観客によるスポーツイベントが行われ始めていますが、公衆衛生と組み合わせたスポーツ・エンタメの実施手法は引き続き手探りながらも模索できるのではないかと考えています。そうした知見の取捨選択を東京オリ・パラで実施できれば、次のパリ大会やロス大会に継承できるレガシーになりえると考えます。

東京ベイエリアを「現代の出島」に?

一方でどう考えても解決方法が思いつかない課題として、国内の移動や海外渡航者の会場へのアプローチによる経路の拡散が挙げられます。こればかりは個々人の移動になるため、管理が難しく、もし対策をとるとなると都市規模での方策が必要になると考えます。

感染症は人類全体の天敵ともいわれます。防疫に関する課題・難題に対し、先人はさまざまな方法をとってきました。約200年前、こうした遠隔地からもたらされるリスクに対して、都市規模で対策を行ったのが日本や中国(当時の清)です。江戸時代初期、鎖国と同時に作られた長崎の出島は海外の窓口として機能しますが、感染症の発生地としても恐れられました。そのため感染症医学が発達し、多くの予防対策が長崎から生まれました。上海の共同租界は公衆衛生組織が作られるなど海外からの渡航者が入り混じる場所として対策が記録されています。壁や水路で取り囲み、物理的に切り離された土地に生活空間が用意され、出入り口の一元管理を行うことのできる環境がこうした防疫施策を可能にしたと考えられます。

東京オリ・パラは多くの施設がベイエリアに集中しています。例えば、改めてベイエリアをオリンピックイベントの中心地と考えるとともに、高度な防疫都市としてのインフラを徹底して整備し、インバウンドの干渉地として機能させる方法がないかと考えます。

東京ベイエリア全体はもともと1996年の世界都市博覧会の会場として整備されており、当時、白紙撤回されたことでいまだに空き地が目立つ未開発地がいまだに点在します。これらの豊富なオープンスペースを利用して、都心隣接のイベントスペースとしても利用されるベイエリアですが、例えば東京オリ・パラに向けた3密を避けた広大なパブリックビューイングゾーンとして整備し、「現代の出島」としてベイエリア全体で防疫管理することができないかと考えます。実際にベイエリアには住宅地域も隣接しており、容易に考えることができるものではありませんが、整理された街区は交雑を避け、一定の施策を行いやすい環境にはなっています。

かつての出島は防疫学の先進的な場所として機能しましたが、それは裏を返せば海外から来るあらゆる感染症の震源地であったともいえます。十分な対策を行う箇所を空港の検疫のようなボトルネックにゆだねるのではなく、ある程度余裕を持たせた検疫エリアとして東京ベイエリアの一部を設定することで混乱を抑え、十分な衛生管理を実行できると考えます。

今後、海外インバウンドを見越した国際交流が難しい時期が続くと考えられます。一方で、インバウンドを受け入れ、エンタメやスポーツ、カンファレンスなどの幅広い活動を行うことができるエリアに集中して、徹底した公衆衛生を行う特区指定などの考えも可能ではないでしょうか。

コロナ禍において、国際社会は閉鎖的なブロッキング対策に傾いているといえるでしょう。来年の東京オリ・パラは世界に向けた「新しい国際交流」の在り方を見せる機会であり、それらに先鞭をつける絶好のチャンスとも捉えることができると思います。

オリ・パラというスポーツイベントを超えた国際都市の新しい在り方、公衆衛生都市としての取り組みへの投資と捉えることが重要ではないかと考えます。

<了>

PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

© 株式会社 REAL SPORTS