世界的に猛威を振るう新型コロナウイルスの感染予防策の一つとして、「マスク着用」は世界中に広まった。もともと着用が習慣化していた日本では、今や街行く人のほぼ全員がマスクを着けている光景が当たり前となっているが、欧米などでは着用が浸透するまで時間がかかったようだ。この差は一体どこから来たのか―。心理学的な実験の結果から、日本人は人の感情を読み取る際に目元を重視し、相手の口元が隠れていることに抵抗感がないため、マスクをすんなり受け入れられるのではないかとの見方が浮上した。「目は口ほどに物を言う」。日本と欧米の差を探った。(共同通信=杉田正史)
▽表情を読み取る方法は、世界共通ではない?
北海道大などの研究チームは、メールでおなじみの文字や記号などで感情を表す「顔文字」を使った実験を行った。目元は喜んでいる印象に、口は口角が下がった悲しい様子といった具合に、正反対の感情を表す顔文字を日本人とアメリカ人にそれぞれ提示したところ、日本人は目元から感情を読み取ったが、アメリカ人は目元だけでなく口元に引きずられたという。
また、英グラスゴー大などの研究チームは、日本人を含む東アジアの人と白人を対象に、他人の顔写真を見せて、目や鼻、口などさまざまな顔の部分のどこに視線が集まるのかを計測した。相手の喜怒哀楽などの感情を判断するのに顔のどの部分を見ているかを調べたところ、東アジアの人たちは相手の感情を知ろうとする時、目元に視線を集中させるが、鼻より下は見ない傾向が分かった。一方で白人は口元にも視線を集めた。
▽本心
「日本人は比較的、感情を読み取る際に目を重視し口元が覆われていることには抵抗がない。こうした背景もマスクがなじんだ一因ではないだろうか」。グラスゴー大や北海道大の研究などを踏まえ、視覚など五感と感情の関係性を研究する東京女子大の田中章浩(たなか・あきひろ)教授(心理学)はこう解説する。
田中さんは「顔のパーツによって、本心を偽っているかどうかの読み取りやすさが違う」と指摘する。人の顔の中で、口の周辺は意識的に大きな動きが可能なため感情を表しやすい半面、本心を隠すこともできる。だが目元は、微細な動きしかできず、感情を表現しにくいが、本心を偽りにくいとの特徴があるそうだ。
欧米人は言葉でしっかりと自己主張し、否定的な意見も表現するが、日本人は社会的な協調を重視するため、言葉で自己主張するよりも、本心を言葉以外の声色や顔の動きなどに込めるという。「一般論として、日本人はサングラス姿に怖さを感じて、欧米では口元を覆っている人を奇妙だと感じる」と田中さんは語る。こうした心理的な背景が、新型コロナ流行下でのマスク着用の差に影響したのかもしれない。
田中さんは、日本人はオランダ人と比べて、顔の表情よりも声色を手がかりとして相手の感情を判断するとの研究結果を論文にまとめた。「日本人は口元を隠されても、(聴覚的に)声色という手がかりをうまく使えることもマスク着用が広がった要因の一つと考える」と話した。
▽日本では江戸時代から
「万病療治所」と題した錦絵がある。江戸時代の「診療所」の様子が描かれていて、医者が薬を調合したり、血脈を計ったりしている中に、布で口を覆った男性の姿がある。
「江戸期から口を覆って、他人に病気をうつさないという意識や文化があったのだろう」。古い医薬品などを収集する北多摩薬剤師会(東京都)の平井有(ひらい・たもつ)会長は説明する。
平井さんによると、日本人は古くから神事でも、汚れた息がかからないように口に和紙や神に供える榊葉(さかきば)をくわえていたという。こうしたことも日本人がもともと口を覆うことに抵抗がなかったことを示しているのかもしれない。
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