河井夫妻買収起訴、首相の責任重く 強引に擁立、現職の地盤切り崩しへ次々現金

By 竹田昌弘

 昨年7月の参院選広島選挙区(改選2)を巡る公選法違反(買収など)の罪で、衆院議員の河井克行被告(57)=自民離党=と、妻で参院議員の河井案里被告(46)=同=が8日に起訴された事件は、東京地検特捜部などの捜査で、夫妻が案里被告への支持を固め、さらに自民党現職の地盤を切り崩すため、県議や広島県内の自治体首長や議員らに現金をばらまいた構図が明らかになった。また安倍晋三首相と党本部が強引に擁立した案里被告を、党県連は支援せず、夫妻は報酬を払って運動員を確保していたことも分かった。案里被告が当選すると、首相はその論功行賞のように、昨年9月の内閣改造で克行被告を基本法整備や法秩序の維持を任務とする法相に登用し、法相経験者の逮捕、起訴という前代未聞の事態を招いた。首相の責任はとても重い。(共同通信編集委員兼論説委員=竹田昌弘) 

参院選で河井案里氏(左)の応援演説に駆け付けた安倍首相=2019年7月14日、広島市

■首相の悪口言った溝手氏への「刺客」か 

 起訴状によると、克行被告は案里被告を当選させる目的で、昨年3月下旬から8月上旬までの間、県議や県内自治体の首長・議員、両被告の後援会関係者、選挙スタッフら計100人に案里被告への投票や票の取りまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬として計128回にわたり、総額約2900万円の現金を供与したとされている。案里被告は100人のうち5人に対する5回の現金供与計170万円について、克行被告と共謀したとして起訴された。 

 また起訴状では、昨年7月4日の参院選公示後、克行被告を選挙区全域に関し、継続して選挙運動に関する事務を総括指揮した「総括主宰者」と認定。公選法によると、買収の罪は3年以下の懲役か禁錮または50万円以下の罰金だが、候補者本人や総括主宰者などは4年以下の懲役か禁錮または100万円以下の罰金に加重される。重罰となる公示後の現金供与は11回計約295万円。 

溝手顕正元国家公安委員長

 事件が起きた参院選広島選挙区について、自民党本部は2018年7月に6選を目指す溝手顕正元国家公安委員長(77)を公認。しかし、広島選挙区では、自民党候補が過去2回、50万を超える票を獲得し、2位当選の野党候補にダブルスコア以上の差をつけているなどとして、首相と党本部は2人目の候補擁立を模索。県連は強く反対したが、昨年3月13日、県連の頭ごなしに、当時県議だった案里被告の公認を発表した。案里被告は出馬会見で「2議席独占が党の責務」と訴え、それが「総理のご判断」「総理の強いお考え」と強調した。 

 ただ溝手氏は、第1次安倍政権時の07年参院選で自民党が大敗した際、続投しようとした首相に「責任がある」と指摘したほか、民主党政権下の12年には、首相を「過去の人」と言い放った人物。地元では、側近として首相補佐官や党総裁外交特別補佐を歴任してきた克行被告の妻である案里被告は、溝手氏を快く思っていない首相が送り込んだ「刺客」に見えたという。 

安倍首相と笑顔で写真に納まる河井克行被告(左)=2018年9月、東京都内(克行被告のフェイスブックから)

 県連は1998年の参院選で2人を擁立し、大半の県議が推した候補が敗れたトラウマがあり、甘利明党選挙対策委員長(当時)が案里被告の公認を伝えた際、県連会長の宮沢洋一参院議員は「県連として了解というわけにはいかない」と反対の意思を改めて表明した。公認発表の3日後、県連は組織的な支援は溝手氏に一本化することを決めた。県連幹事長の宇田伸県議は「案里被告から出馬の相談は全くなかった。東京の党本部が勝手に決めるのは極めておかしい」と不快感を示し、県連のある幹部は「案里(被告)には1票もやらない」と息巻いた。 

■公認間もなく現金供与、期待に応えるプレッシャー? 

 河井夫妻は危機感を募らせたのだろうか。安倍首相の期待に応えるという強いプレッシャーがあったのかもしれない。現金供与は案里被告の公認から間もない昨年3月下旬、県議の児玉浩氏や三原市長の天満祥典氏、安芸高田市議会議長の先川和幸氏、北広島町議会議長の宮本裕之氏らから始まった。翌4月に入ると、県議の奥原信也氏、広島市議の谷口修氏、安芸太田町長の小坂真治氏らが続き、現金を渡された県議や自治体首長・議員(元職を含む)は40人を超えた。1人当たり10万~200万円で、総額は約1800万円となっている。

  克行被告は広島市安佐南区、安佐北区、安芸高田市、安芸太田町、北広島町からなる衆院広島3区の選出で、児玉氏は安芸高田市選出の県議から今年4月に安芸高田市長へ転じた。6月26日に記者会見し、昨年3月30日に県議の無投票当選が決まり、その直後に30万円、同年5月末の地元行事の際にも30万円の計60万円を克行被告からもらったことを明らかにした。丸刈りにして反省の姿勢を示し、続投に意欲を見せたが、市には6月29日夕までに200件以上の抗議が寄せられ、児玉氏は翌30日に辞表を提出、7月3日付で辞職した。 

記者会見で辞意を表明し、頭を下げる広島県安芸高田市の児玉浩市長=6月30日、安芸高田市役所

 安芸太田町長の小坂氏は昨年4月下旬ごろ、自宅を訪れた克行被告から封筒を渡され、一度は断ったものの、押し問答の末に受け取り、今年3月28日ごろに中身を確認したところ、20万円が入っていたと、翌4月2日に公表。その後、町長を辞職した。谷口氏も広島3区の安佐南区選出。谷口氏の説明によると、昨年4月の市議選投開票日直前、自宅に来た克行被告が帰り際に50万円の入った封筒を「まあまあ」と言いながら渡した。「やばい金だと思ったから、手を付けずに保管していた。事情聴取の際、検察に預けた」と話している。 

 ともに広島3区内の地方議会議長の先川氏と宮本氏も昨年3月下旬、議長室や自宅で克行被告から20万円を受け取ったことを認め、先川氏は「7期も国会議員を務める相手に『ばかにするな』と言えなかった」と振り返る。宮本氏によると、現金授受の際、克行被告は「安倍総理や二階(俊博)幹事長、菅(義偉)官房長官も案里に期待している。広島県に密着した議員になる。案里には、それなりの考えがある」と話していた。克行被告はまず自らの選挙区内の県議と自治体首長・議員への現金供与で、案里被告への支持を固めようとしたとみられる。 

■溝手氏の地元市長も買収、報酬払って選挙運動 

 一方、奥原氏は元県議会議長で、呉市選挙区の県議。両被告の逮捕・勾留容疑では、昨年4月上旬と5月下旬にそれぞれ50万円、6月下旬には100万円を供与された。奥原氏は取材に対し、計200万円を受け取ったことを認め、50万円は使い、残る150万円は自らの政治団体の政治資金収支報告書に寄付として記載したと説明。参院選では、溝手氏を支援したと強調した。 

 2013年から三原市長を務める天満氏は、克行被告の逮捕・勾留容疑では、昨年3月下旬に三原市内のビルの一室で50万円、同6月上旬には広島市内の鉄板焼き店で100万円を供与された。今年6月25日に記者会見し、150万円の受け取りを認め、同30日付で辞職した。三原市は溝手氏の出身地で、溝手氏は元三原市長でもある。奥原氏や天満氏ら衆院広島3区以外の県議や自治体首長・議員への買収工作は、溝手氏の地盤切り崩しを狙ったものとみられる。 

記者会見で辞意を表明する広島県三原市の天満祥典市長=6月25日、三原市役所

 このほか、昨年4月下旬に克行被告から現金30万円を渡されたことを認めた府中町議の繁政秀子氏は「案里被告の事務所で『安倍さんから』と言われてもらった」と取材に答えた。繁政氏は参院選で案里被告の後援会長を務めた。今回の事件では、これまでのところ、安芸高田市長、安芸太田町長、三原市長の首長3人に加え、この繁政氏が辞職している。 

 現金供与は自治体首長・議員だけでなく、元広島県職員の男性(案里被告陣営の車上運動員違法報酬事件で逮捕、不起訴処分)に対し、昨年4月下旬に50万円を渡したのをはじめ、参院選投開票後の8月上旬にかけて、選挙スタッフや両被告の後援会関係者らにも相次いで現金が供与された。5万円、10万円、30万円など人によって金額は異なり、供与場所も選挙スタッフや後援会関係者の自宅や勤務先のほか、ホテルのトイレ、神社、自動車内、路上、口座振り込みとさまざまで、これらは選挙運動の報酬とみられる。 

 事情を知る関係者は「克行、案里両被告は個人に人気があるわけではなく、自民党だから衆院議員や県議を続けてこられた。自民党県連が支援を溝手氏に一本化したので、選挙運動を手伝ってくれる人も少なく、報酬を払ってやってもらうしかなかったようだ。無理な選挙だった」と振り返る。 

■首相秘書が支援、党から1億5千万円 

 昨年3月の公認決定後、案里被告の陣営には、山口県下関市の安倍晋三事務所から複数の秘書が駆け付け、選挙運動を支援するとともに、首相秘書の名刺を持って地元の企業や団体、自治体首長・議員を回った。秘書の訪問先には、克行被告が現金を供与した人も含まれていた。首相は今年1月27日の衆院予算委員会で、秘書の派遣について「(案里被告は)候補者として非常に厳しく、知名度もなく、突然立ったということで、そちら側にうちの秘書を入れた。そうすることがバランスを取ることにつながると考えた」と答弁している。

衆院予算委員会で質問に答える安倍晋三首相=1月27日

  党からの選挙資金が溝手氏は1500万円なのに対し、案里被告には1億5千万円と10倍の差があったのも「バランス」だったのだろうか。関係者によると、1億5千万円のうち1億2千万円は税金が原資の政党交付金で、昨年4~6月、案里被告が支部長の党広島県参院選挙区第7支部に3回に分けて計7500万円、克行被告が支部長の党広島県第3選挙区支部に4500万円が入金された。残る3千万円は党費収入など党本部の自主財源で、昨年6月に克行氏の政党支部に振り込まれている。起訴状によると、克行被告が現金供与を始めたのは昨年3月下旬とされ、少なくとも当初は党の資金は使われていないが、関係者によると、克行被告が起訴された選挙スタッフらへの報酬の中には、党広島県参院選挙区第7支部から振り込まれたものもあった。 

 二階幹事長は6月16日の記者会見で、党が提供した1億5千万円について「そのお金がどう使われたか詳細は承知していない」と述べたものの、翌17日に「党内の基準と手続きを踏んで支給した。買収の資金に使うことができないのは当然だ」と説明。ところが、23日の会見では「(夫妻が)受け取ったところまでは分かるが、その先どうなったかは細かく追及していないので承知していない」と再び説明を後退させている。 

記者会見する自民党の二階俊博幹事長=6月16日、東京・永田町の党本部

 なお溝手氏の公認発表後から参院選までの「首相動静」(共同通信配信)によると、克行被告は18年10月3日、15日、11月8日、12月10日、27日、19年1月15日、2月15日、28日、3月20日、4月17日、5月23日、6月20日の計12回、安倍首相といずれも1対1で面会。案里被告の擁立、選挙資金、秘書の派遣などについて話し合ったのかもしれない。 

■溝手氏を2万5千票上回る、公明票が勝敗左右か 

 参院選広島選挙区での自民党本部対県連の対立は先鋭化していく。昨年5月、溝手氏の選挙事務所開きで、宮沢氏が「(案里被告の擁立は)党本部による溝手さんいじめ。2人当選は大変高いハードルだ。まずは溝手氏の当選を期することこそ、最も大事なこと」と言えば、翌6月に案里被告の政治資金パーティーで、塩崎恭久元厚生労働相が「いじめられているのは河井さんだ」と言い返した。 

 参院選の公示前後、案里被告の陣営には、菅官房長官や二階幹事長らが応援に駆け付けた。公明党の山口那津男代表は、溝手氏には盤石の地盤があるとして「どうか新人を押し上げて欲しい」と呼び掛けた。一方の溝手氏の陣営には、所属する岸田派領袖の岸田文雄党政調会長(衆院広島1区)をはじめ、克行被告を除く広島県選出の国会議員や県議、県内の自治体首長・被告が勢ぞろいした。広島入りした安倍首相は案里被告だけでなく、溝手氏の応援にも立った。 

街頭演説をした後、聴衆の間を練り歩く菅義偉官房長官(中央)=2019年6月22日、広島市

 参院選は昨年7月21日に投開票され、結果(投票率44・6%)は立憲民主党、国民民主党、社民党が推薦する無所属現職の森本真治氏が32万9792票でトップ当選、29万5871票の案里被告が2位当選、溝手氏は27万183票にとどまり、落選した。2013年(投票率50・0%)は溝手氏が52万1794票、森本氏は19万4358票だった。

 中国新聞社の電話世論調査(昨年7月14~16日)では、公明党支持層の5割超が案里被告を支持し、溝手氏支持は2割強と水をあけられていた。17年の衆院選比例代表で、公明党が広島県内で獲得したのは約16万票。公明票が案里被告と溝手氏の勝敗を左右した可能性もある。 

参院選広島選挙区で落選が決まり、支援者らにあいさつする溝手顕正元国家公安委員長(中央)=2019年7月21日深夜、広島市

■論功行賞で法相、絶頂期に「文春砲」 

 克行被告は昨年9月11日の内閣改造で、法相に就任した。自民党内では「参院選の論功行賞」(中堅)と言われた。法務省設置法によると、法務省は民事、刑事、司法制度に関する基本法制の維持・整備、法秩序の維持、国の利害に関係する訴訟の適正な処理、出入国管理などを任務とし、検察に関する事項や裁判で確定した刑の執行、恩赦、仮釈放、保護観察、犯罪の予防、国籍・戸籍、登記、外国人の在留、難民の認定などを担当する。その長が法相であり、死刑執行の命令も発出するし、検察庁法では、個別事件の取り調べや処分について、検察総長を指揮できるとされ、非常に大きな権限を持つ。 

 克行被告は昨年9月23日、広島市内で開いた政治資金パーティーで、時折声をうわずらせながら「社会と秩序を守り抜く」と法相としての抱負を語り、万雷の拍手を浴びた。一緒にステージに立った案里被告も、満面に笑みを浮かべていた。この日が両被告の絶頂期だったのかもしれない。 

法相に就任した河井克行被告(右)と参院議員となった妻の案里被告は、広島市のホテルで開かれた政治資金パーティーで見つめ合う。2人の絶頂期だったとみられる=2019年9月23日

 法相就任から1カ月半余りが過ぎた昨年10月30日、週刊文春はウェブサイトで、案里被告陣営が車上運動員(ウグイス嬢)に法定上限の2倍に当たる報酬(日当)3万円を支払っていたと報道。克行被告は翌31日、法相を辞任した。広島地検は今年1月15日、河井夫妻の関係先を家宅捜索し、3月3日には、車上運動員の報酬を巡る公選法違反(買収)の疑いで、案里被告の公設秘書ら3人を逮捕した。うち2人が起訴された。一連の捜査の中で、現金供与先のリストなどが見つかり、河井夫妻の買収容疑が浮上する。 

■克行被告、現金供与は「日常的な政治活動」と否認 

 買収に当たる現金供与について、最高裁の判例では「供与とは、供与の申し込みだけでは足りず、申し込みを受けたものが、その供与の趣旨を認識してこれを受領することを要する」(1965年12月21日の第2小法廷決定)とされている。合同で買収の捜査に当たった東京地検特捜部と広島地検は、捜索で見つけた現金供与先リストや両被告から押収したスマートフォンの衛星利用測位システム(GPS)解析などにより、供与先と金額、供与場所を絞り込み、供与先の県議や自治体首長・議員、選挙スタッフ、後援会関係者らから相次いで事情聴取。大半が買収の趣旨を認識していたことを確認し、容疑が固まったとして、通常国会が前日閉会し、国会議員の不逮捕特権がなくなった6月18日、河井夫妻を逮捕した。 

河井克行被告の事務所を家宅捜索し、押収物を運び出す広島地検の係官ら=1月15日、広島市

 関係者によると、克行被告は調べに対し、現金供与は自らの支持を拡大するための日常的な政治活動の一環だとして、参院選との結び付きを否定。供与時期は昨年4月の統一地方選と重なり「当選祝い」や「陣中見舞い」とも説明しているという。案里被告も「違法な行為をした覚えはない」と容疑を否定している。 

 河井夫妻の主張に対し、特捜部は▽公認決定直後の昨年3月下旬から現金の供与が始まっている、▽現金供与先が領収書を発行しようとしても、克行被告は拒否した、▽参院選前月の昨年6月には、800万円を超える多額の現金が供与されている、▽統一地方選に無関係の議員にも現金が供与されている、▽河井夫妻から過去に当選祝いなどをもらったことがない議員もいる―などの事情から、案里被告を当選させる目的の買収だったことは明らかとみているもようだ。 

■ 被買収処分見送り、事実上の司法取引か

判決公判のため東京地裁に入る中島洋次郎氏(中央)=2001年1月6日

 公選法違反の買収などで国会議員本人が起訴されたケースとしては、①1979年10月の衆院選旧千葉2区で当選した宇野亨氏(故人)、②96年10月の衆院選比例北関東で当選した中島洋次郎氏(故人)、③2003年11月の衆院選愛知4区に立候補、比例東海で復活当選した近藤浩氏、④同衆院選埼玉8区で当選した新井正則氏―などがある。4人はいずれも選挙当時、自民党公認。 

 4人の買収額と確定判決(②除く)は、①約1億円、懲役4年②約2千万円、二審懲役2年で上告中自殺③100万円、懲役2年、執行猶予5年④500万円、懲役3年、執行猶予5年。克行被告の買収額は②を上回る約2900万円で「実刑判決もあり得る」(元検事の弁護士)とみられている。ただ②は海上自衛隊の救難飛行艇開発を巡る受託収賄罪や政策秘書給与の詐欺罪などにも問われていた。 

 公選法は買収された側(被買収)にも罰則を設け、これまで被買収の罪で処罰された人は多い。ところが、関係者によると、克行、案里両被告から現金を供与された県議や自治体首長・議員、選挙スタッフ、後援会関係者らは一方的に現金を渡されたり、既に返金したりしていることなどを考慮し、東京地検特捜部と広島地検は刑事処分を見送る方針という。被買収をの訴猶予や不起訴処分にもしないのは極めて異例。買収の趣旨を認識していたと認める代わりに、被買収を不問に付す、事実上の「司法取引」ではないかという批判の声が上がりそうだ。

 刑事訴訟法で認められた協議・合意制度(日本版司法取引)は、検察官と容疑者・被告、弁護人が協議し、容疑者・被告が捜査や公判に協力するのと引き換えに、自分の事件を不起訴や軽い求刑にしてもらうことで合意するが、贈収賄や詐欺、業務上横領、独禁法違反、金融商品取引法違反など対象が特定の犯罪に限定されている。公選法違反は対象犯罪ではなく、協議・合意制度は利用できない。

■「法相の任命責任は痛感する」と言うだけ

 参院選広島選挙区への2人擁立を主導し、自らの秘書を支援に行かせ、1億5千万円という多額の資金を送った首相は8日の両被告起訴後、官邸で記者団に「かつて法相に任命した者として責任を痛感する。国民におわび申し上げる。批判を真摯(しんし)に受け止め、緊張感を持って政権運営に当たる」と述べた。

河井夫妻の起訴について記者団の質問に答える安倍首相=8日午後、首相官邸

 自らの「責任」言及したのは、今年に入ってからだけで、①2閣僚(河井法相と菅原一秀経済産業相)の辞任②森雅子法相の失言③森友学園問題の公文書改ざん④黒川弘務前東京高検事長の定年延長問題⑤新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言の期間延長⑥拉致被害者有本恵子さんの母嘉代子さんと横田めぐみさんの父滋さん死去―の6回。今回が7回目だが、言うだけで有権者に分かる何らかの形で責任を取ったことはない。

 自民党が提供した1億5千万円の一部が買収の原資になったとの見方についても、首相は「自民党は政治資金を厳格なルールで運用しているが、襟を正し、党として国民に説明責任を果たさなければならない」と他人事のようにコメントした。しかし、自民党のトップは総裁である首相であり、自らが率先して説明を尽くすべきだろう。(了)

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