消費減税で選挙を戦うのはもうやめよう 都知事選から考える野党共闘

By 尾中 香尚里

 現職の小池百合子氏の圧勝という事前予想通りの結果で東京都知事選は幕を閉じた。今回の選挙を野党側の視点で見ていた筆者は、選挙結果を受けて「『消費税』が野党共闘の軸になる時代は終わった」という原稿を用意していた。ところが、原稿がほぼ書き上がった8日夜、国民民主党の玉木雄一郎代表の記者会見のニュースが目に留まった。

記者会見で質問に答える国民民主党の玉木代表=8日午後、東京・永田町の党本部

 「共産党から日本維新の会まで一致できる政策は消費税減税だ。消費減税で野党はまとまって戦うべきだ」

 この原稿はお蔵入りか。思わずため息が出そうになったが、考え直した。世間の求めとは違うかもしれないが、むしろこれを問うてみよう。

 いいかげん「消費税」を「旗印」にするという政治から脱却すべき時ではないか。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

 ▽消費税で勝てるという「刷り込み」

 消費税が導入されたのは、元号が昭和から平成に改まった1989年のこと。人々の財布に直接の影響を及ぼすこの税は、その後30年にわたる平成の時代において、歴代政権や野党を振り回し続けてきた。

 導入直後の89年参院選で「消費税廃止」を掲げた社会党(当時)が大勝し、当時の宇野政権は総辞職に追い込まれた。いわゆる「山が動いた」選挙である。さらに97年、財政再建を掲げる橋本内閣が税率を3%から5%に引き上げたが、金融不況やアジア通貨危機なども加わり、翌98年参院選で自民党は大敗。橋本龍太郎首相は退陣に追い込まれた。

1989年7月24日、前日投票の参院選で消費税導入などを追い風に社会党の議席が倍増、自民党は惨敗し参院の保革が逆転。土井たか子委員長は「山が動いた」と笑顔。橋本龍太郎自民党幹事長の目元は厳しい。

 これらの選挙結果は自民党政権側に大きなトラウマを残したが、実は野党にとっても同じだった。「消費税を争点にすれば勝てる」という「刷り込み」が生まれ、それは後に民主党への政権交代が起きた時、自らを苦しめることになった。菅直人政権だった2010年、消費増税に言及した菅首相は、野党の自民党ではなく「身内」の民主党内から強い批判を受け、内紛から自滅する形で大敗してしまう。

 ▽今も尾を引く「立ち位置の違い」

 長い野党生活を経ての政権奪取。閣内に入り政権を運営する側と、党に残った側との間に意識の乖離(かいり)が生まれていた。菅政権の後を受けた野田政権が、自民、公明両党との「3党合意」で段階的に10%まで引き上げることを決めると、所属議員の大量離党を生み、民主党政権は3年3カ月で崩壊してしまった。

 民主党政権時代における「消費税に関する自らの立ち位置の違い」が、現在、野党がなかなかまとまれない原因の一つだと思える。

 野党第1党の立憲民主党や、野田佳彦前首相率いる衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」には、当時消費増税に積極的だった菅、野田政権で政権中枢を担ったメンバーが多い。野党第2党の国民民主党には、当時新人議員だった玉木氏をはじめ、政権運営には直接かかわっていなかったせいか、下野後は消費税減税に関心を持つ人も出てきている。

 ともに民主党(民進党)を前身とする立憲民主、国民民主の両党がこれまでに時々見せてきた主導権争いには、2017年の「希望の党騒動」におけるわだかまりだけではなく、こうした政策論の一面があることも否定できない。

事務所に駆け付けた共産党の小池書記局長(左)とグータッチする宇都宮健児氏=5日夜、東京都新宿区

 ▽消費税への立場の違い超え「共闘」

 ここまでの流れを踏まえた上で、筆者は「消費税」の観点から都知事選に注目していた。

 立憲民主、共産、社民の3党は、元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏の支援を決定。れいわ新選組の山本太郎代表も出馬に踏み切った。そして、国会で立憲民主、社民と会派をともにする国民民主は、都知事選では宇都宮氏の支援には回らず、自主投票を決めた。

 宇都宮陣営にいる共産党は、山本氏同様「消費税5%」を掲げている。山本氏がこうした票を宇都宮氏から奪い、小池氏に次ぐ2位につければ、野党内での発言力が高まり、減税に慎重な立憲民主を抑え込める―。国民民主内の減税派の一部には、そんな期待があるとも伝えられていた。本来、共産党との連携には慎重だったはずの国民民主だが、一部には、山本氏と組んで減税を掲げることで、自身が野党の主導権を握り返したいという思惑も垣間見えた。

一方の宇都宮陣営。共産党は、小池晃書記局長が告示日(6月18日)にツイッターで「こちらの政策を押しつけて『一致しなかったら共闘はやらない』という態度はとらない」という自らの過去の発言を引き合いに出して「野党共闘にのぞむ私たちのこの立場は、今もいささかも変わりがありません」とツイートした。かつて「増税反対」を掲げて民主党を割った国民民主党の小沢一郎氏も、都知事選では山本氏ではなく、宇都宮氏の応援に回った。

 さらに民主党政権当時に消費増税を主導した野田氏や岡田克也元副総理ら、消費減税に慎重な構えをとる議員も次々と応援に駆けつけた。

 消費減税積極派と慎重派の「共闘」が成立したわけだ。

東京都知事選立候補者の宇都宮健児氏(中央)を激励に訪れた(左から)社民党の福島党首、共産党の志位委員長、(右から)国民民主党の小沢一郎氏、立憲民主党の枝野代表=6月20日、東京都新宿区

 ▽政策の軸ではなくなった消費税

 選挙結果は宇都宮氏が84万票あまりを獲得し次点。山本氏は65万票あまりと振るわなかったことは、すでに報道された通りである。

 かつて与野党の対立点だった消費税は、ここ数年は政策論を超え、事実上野党内の主導権争いの道具になっていた。だが結局、消費税へのスタンスが正反対な人々が宇都宮陣営に集い、そして山本氏以上の得票を集めた。

 もう消費税は、野党共闘に大きな影響を及ぼすことはなくなったとみていいのではないか。民進党時代から積み重ねた国政選挙における協力。昨年の臨時国会以降の国会における野党連携の積み重ね。これらの方が、すでに大きな財産になっていた。消費税は「共闘のためには、一致できなくても脇に置いておける存在」になった、と言っていい。

 国民民主は自主投票だったとはいえ、そもそも玉木氏自身「消費減税で野党が一致できなければ現在の野党共闘を解消する」ことまでは考えていないと思われる。そんなことをすれば、かなり高い確率で党が分裂する。そこまでして消費減税を貫くつもりは、おそらくはないのではないか。

 ならば、そろそろ決着をつけていい。「『消費減税』で野党がまとまって選挙を戦う」ことを夢想するのは、もうやめるべきだ。

 ▽国民を守らない政治に、理念で対峙を

 まず、消費減税だけが共通しても、その他がバラバラでは意味がない。

 話を冒頭の玉木会見に戻すと、玉木氏は「共産とだけ一つにまとめれば(与党と)1対1の構図が作れるという前提が崩れた。維新やれいわが候補を立てれば、共産と統一しても三つどもえになる」と述べたという。

 考えてみてほしい。日本維新の会とれいわ新選組と共産党が、衆院選の小選挙区で候補者を一本化して戦ったり、まさかの連立政権を組んでいたりする姿が想像できるだろうか。

 同じ「消費減税」といっても、基本的に新自由主義的な政策を掲げ、新型コロナウイルスの経済への影響への対策として時限的な消費税率引き下げを訴える維新と、弱者保護のスタンスから消費税自体に否定的なれいわなどでは、目指すものが違う。「消費減税で一致していればともに戦える」ものではない。

 次に、短期的に消費税率をいじることは今、実現のメリットがない。

 消費増税を決めた野田政権の関係者でさえ、現時点でのさらなる増税など、まず考えていないはずだ。第一に、新型コロナウイルスの影響で、経済が大きく冷え込んでいる。第二に、安倍政権のもとで政治不信がここまで高まっているなか、国民に安心して新たに税を納めてもらえる環境がない。まず政治不信を取り除かなければ、仮に増税が必要でも、手をつけられそうにない。

 また、一時的な減税は、税率を下げたりまた上げたりすることへの事務的な負担が非常に大きい。コロナの収束が全く見えない現状では、その経費を国民を守る政策に直接使ったほうがいいだろう。

 消費税がらみの政策はもはや、憲法改正と同じくらい喫緊の課題ではない。そんな課題のために右往左往するのは時間の浪費だ。むしろ、消費税を口にするたび「野党はバラバラ」とネガティブな印象を振りまくことになり、野党全体にとって何のプラスもない。

 最後に、そもそも「旗印」という考え方に納得がいかない。

 国民受けがよさそうなキャッチーな政策を、念仏のように唱えて選挙に勝つことを狙う「ワンフレーズ政治」はもう古い。そんなものは平成の時代に置いてきてほしい。

 それよりも、経済の効率性ばかりを追い求め、国民に自己責任を求める一方で、いざという時に国民を守る責務も果たせない安倍政権を結束して倒し、新たな政権を樹立する。その1点で大きな理念をすり合わせることこそ、野党は急ぐべきではないかと思う。

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