車の中で堪能する生演奏、拍手の代わりにハザード点灯

コロナ対策、ドライブインコンサート

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ドライブインコンサートでハザードランプを点灯させる車両

 演奏者は目の前のステージ上にいる。だが奏でる音は、窓を閉め切った車内のFMラジオから聴こえてくる。拍手の代わりに起きるのは、暗闇の中で点灯するハザードランプ―。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、野外ステージの演奏を車内からFMラジオで楽しむ「ドライブインコンサート」が6月、宇都宮市内で開かれた。筆者もマイカーで参加してみて、想像以上の臨場感に心を躍らせた。(共同通信=木村遼太郎)

 ▽初の試み

 6月6日夕、同市郊外にある宇都宮短期大学に車を走らせると、既にステージの設営準備が着々と進められていた。舞台の前は広々としたグラウンドだ。

 「初めての試みですから楽しみですね」と筆者を出迎えてくれたのは、音響や映像を手掛ける日本オービスの横山康男(よこやま・やすお)さん(66)。県内の音楽関係者らでつくるコンサート実行委員会の副委員長だ。1980年代に、映画を車内から鑑賞する「ドライブインシアター」の設営に携わった経験がある。

 「コロナ禍」とも言われる今回の新型コロナウイルス騒動。緊急事態宣言に伴う劇場などの閉鎖は、全国の音楽家たちに大打撃を与えた。宣言が解除されてからも、多くの聴衆が集まり密集が懸念されるコンサート会場などでの音楽活動は当面難しいとみられる。

後方の車からもステージの様子が見られるようにスクリーンが設置された

 そんな中、横山さんらが「音楽活動ができないミュージシャンに演奏機会を提供したい」と、今回のコンサートを企画した。「演奏会というのは、音楽家と観客がいて初めて成立するのです」と信条を語る横山さん。録音やインターネットを使ったライブではなく、人前で演奏し、観客に見てほしい。そう考えた末に企画したのが、今回のドライブインコンサートだった。

 舞台上の人数を抑え、観客も車の中で音楽を聴くことで、密集を避ける効果が期待できるという。横山さんは「全国初の試みではないか」と話す。かつてのドライブインシアターの経験を基に、米国から音響機器を取り寄せるなどしてコンサートの開催にこぎつけた。

 ▽オレンジ色のランプ

 午後6時過ぎから、続々と会場に車が集まりはじめた。前売り券の50台分は完売し、合計で約60台の車が集合した。ステージを取り囲むように、ぐるりと自動車の輪ができた。ステージの奥には大型スクリーンを配置して、後方の車からも出演者が見えるように工夫している。開始に向けて、車のラジオを指定のFM周波数に合わせる。普段は設定済みのラジオ局でしか聴かないから、こうした作業も少し新鮮だ。

車内のFMラジオで演奏を聴く

 出演者の電子オルガン奏者、倉沢大樹(くらさわ・だいじゅ)さん(46)は「3カ月ぶりの演奏会はうれしいが、未知の世界でもあります。お客さんにどう映るのかが気になるところ」と複雑な心境を吐露した。

 午後7時過ぎ、コンサートが始まった。最初はソプラノ歌手とピアノの演奏。ゆったりと運転席に腰掛け、音楽を鑑賞…したいところだが、筆者は、まずは記事に使う写真を押さえなければならない。その被写体はこのコンサートの大きな特徴でもある「拍手」だ。車内で手をたたいても演者には届かないから、代わりにハザードランプをカチカチと点滅させることで、演者に思いを伝える。

 最初の曲が終わると、一つ、二つ…そしていくつもの車で、オレンジ色のランプがついたり消えたり。その点滅はしばらくの間、静かに続いた。外で取材中の筆者もファインダー越しに、その音のない、奇妙だが美しい光景を眺めた。

ステージ上の演奏にハザードランプの「拍手」で応える(一部画像処理しています)

 ▽一体感

 クラシックやJポップなど、曲目は進む。車内に座って聴いている観客は、お菓子を食べたり家族で談笑したりと、自由に過ごしている。後半、取材も落ち着き、自分の車に戻った頃には、倉沢さんのユニットの出番だった。雨が降り始めたが、車内では関係ない。

 FMラジオから流れてくるのは、アニメ映画のメドレーやタンゴなど迫力あるサウンド。思いの外、音もきれいで臨場感がある。といっても、フロントガラスのすぐ向こうで実際に演奏されているのだが。盛り上がる中、アンコールの要求もハザードランプで。観客の気分も高揚しているのだろう、ボサノバの曲に合わせ、どの車もランプをつけてリズムに乗っていた。車のワイパーのテンポも心地よいくらいだ。筆者も、思わずパッシングしたくなるが、ヘッドライトの点灯はNG。その衝動を抑えながら、音楽に身を任せた。

ステージの様子。歌手や演奏者の間は距離が取られた

 「最初は慣れなかったが、後半は盛り上がり、車内で演奏者のハートを感じることができた」と、観賞した宇都宮市の音楽家、山中陽子(やまなか・ようこ)さん(51)。茨城県結城市の高校3年、岩田沙羅(いわた・さら)さん(17)も「聴いていて元気をもらえた。音楽の力はすごい」と興奮した様子で語った。

 演奏を終えた倉沢さんは「はじめは拍手がこないのに違和感があり、ずっこけちゃった」と苦笑い。「でも、ハザードランプは新鮮だった。たまっていたものを吐き出し、全身で表現した音楽を観客と共有できて良かった」と笑顔だった。

 観客の声や拍手の音が響かない、静かなコンサート。それでも、鑑賞者のいるそれぞれの車内はFMラジオを通じて「小さなライブ会場」になっていた。観客の心には生演奏が染み渡り、暗がりの中に点滅するランプに込められた一体感は、演者にもしっかり届いていたようだった。