第110回 公民権運動2020

急速に変わる 人種差別の見方

新型コロナウイルス感染拡大による自宅待機が終わった途端に起きた、「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ=以下、BLM)」運動は、アメリカ社会に大きな変化を引き起こした。今回の運動を私は、1960年代に黒人の基本的人権を求めた「公民権運動」の2020年版として、後の歴史の教科書に記されると思っている。

三つの驚く「変化」

白人警官の暴行で亡くなった黒人男性、ジョージ・フロイド氏の事件が起きたのが、5月25日。これを書いている7月2日で6週目に突入したが、ニューヨーク市内だけで20にも上るデモが計画されている。

BLMは、二つの目的がある。建国前から400年以上続く黒人への差別を断ち切ること。そして警察の暴力行為を糾弾し、改善させることだ。結果として、この6週間で三つの驚く「変化」が見えた。

第1に、ニューヨーク市を含めた大都市や連邦議会までが、警察の訓練や規則の見直しと、予算の削減に取り組み始めた。市は先月30日までに、市警予算60億ドルのうち10億ドルを削減し、教育、福祉、公営住宅、ブロードバンドに振り向けることを決めた。

第2に、企業が迅速にBLMへの支持・支援を打ち出した。タイムズスクエアの掲示板は、一部が真っ黒な画面になった。チケット売り場「TKTS」の真上にあるコカコーラの掲示板も黒くなり、「皆で人種差別を終焉(えん)させよう」と呼び掛けている。

この他、アメリカン・イーグル・アウトフィッターズ、ツイッター、ベライゾンなどの掲示板が黒一色だった。

一方、アップル、グーグル、フェイスブックなどシリコンバレーの各社は、社員のダイバーシティーが進んでいないことを長年批判されてきたが、いきなり1億ドル以上に及ぶ規模の投資を、黒人社員雇用やトレーニングに使うと発表した。

第3の驚きは、社会全体の人種差別との向き合い方だ。ブルックリン区ブッシュウィックにある人気のレストランやクラブが、「BLM」の垂れ幕やポスター、看板を出している。教会や個人のアパート、街を歩く人のリュックサックにもサインがある。住人、歩行人が黒人だけというわけでなく、人種を超えてさまざまな人がメッセージを掲げている。

「市役所を占拠せよ」に参加する若者たち(6月26日撮影)

参加者の人種構成 黒人から多人種へ

実際に筆者が取材に行ったデモでは、主催者が黒人グループであっても、参加者の半分以上は白人や他の人種だった。公民権運動のころは、参加者は黒人がほとんどという構成で、しかも黒人の居住区であるハーレムでデモが展開されていた。しかし、現在はマンハッタンからブロンクスまで同時多発的に開かれ、参加者数を足し合わせれば相当な数になるに違いない。

先月23日からはBLM運動の派生ともいえる、「オキュパイ・シティー・ホール」が始まった。市警の仕組み改善を要求するもので、同30日に市議会が予算に対する投票を行う前から、市役所の一角にある緑地に若者たちが寝泊りを始めた。

この取材でも驚くことがあった。それは、白人の女性たちが「白人の特権を利用して、運動に加わった」と話したことだ。

失業中というクリスティーナ・ヒューズさんは、同25日から占拠に参加。BLMの運動にも、この1カ月の間に計15回参加した。

「『市警の予算を削るべき』というメッセージを伝えるために、市役所の一部を占拠することには意味がある。私は、白人だから警察に暴力を振るわれたことがない。恩恵を受けてきた立場だからこそ、そうではない人のために立ち上がりたい」と語った。

BLMをきっかけに、人種について、人種的特権について、多くの人が考え始め、行動に移している。それは、企業を動かし、広告やマーケティングの在り方さえ変えている。行政も迅速に動かなければ「占拠」が起きてしまう。

まさに、「公民権運動2020」ではないか。

津山恵子 ジャーナリスト。 「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。 フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。 近書に「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

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