長崎市に寄贈した初代横断幕どこに… 核実験抗議の座り込みで使用 被爆者「所在明らかにして」

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核実験に抗議した2回目の座り込み=1974年8月27日、長崎市、原爆落下中心地碑前

 核実験に抗議し、長崎で座り込みを続けている被爆者らが1978年8月に長崎市に寄贈した初代の横断幕が所在不明になっている。被爆者の山川剛さん(83)は「みんなの汗と思いが染み込んだ大切なもの。所在を明らかにしてほしい」と求めている。
 山川さんらは旧ソ連、フランス、米国の核実験が相次ぐ中、被爆者だった今田斐男さん(故人)の呼び掛けで74年8月17日、爆心地公園の原爆落下中心地碑前で抗議の座り込みを始めた。当初は数人規模だったが、次第に賛同者が増え、約40人規模に。国内外の観光客や修学旅行生が飛び入りで参加したこともある。
 80年、「核実験に抗議する長崎市民の会」に組織化。現在は平和公園の平和祈念像前に場所を移し、核実験が強行されるたびに座り込みを続けている。2019年6月、米国の臨界前核実験に抗議した座り込みで404回を数えた。
 所在不明となっている横断幕(横幅約5メートル)は1978年8月、旧長崎国際文化会館(長崎原爆資料館の前身)に寄贈。表に「核実験を直ちに中止させましょう」と記し、裏には初回から寄贈まで4年間の座り込み日時(約80回分)と、延べ約1500人分の参加者名が書き込まれていた。
 当時の長崎新聞は「核実験に対する被爆者の“怒りと抗議の証”」「永久保存される」「核実験に対する市の抗議、要請などをまとめたパネルと一緒に展示する」と伝えている。現在、市民の会代表を務める山川さんは寄贈の経緯について「多くの人の目に触れることで、平和に役立ててほしいという思いがあったのでは」と振り返る。
 山川さんによると、会の代表だった被爆者の谷口稜曄(すみてる)さんが2017年に死去した際、報道陣から谷口さんの初参加時期について問い合わせを受けた。「横断幕を見れば分かるはず」と自信を持って伝えたが、市が長崎原爆資料館の所蔵庫や書庫など館内を探し回っても見つからず、廃棄に関する記録もなかった。文化会館時代の職員に聞き取りもしたが手掛かりはつかめなかった。今回、改めて調べたが、発見に至らなかったという。
 同館の篠崎桂子館長は「当時の記事を読んでも、関係者の方々の横断幕への思いが伝わってくる。所在が分からないことについて、大変申し訳なく思っている」と話している。