「家事さえしてくれれば、それでいい」傲慢な考えでプロポーズした男の末路

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「僕は、彼女のことを何も知らなかった…」

プロポーズした直後、忽然と姿を消した彼女。捜索の手掛かりは、本人のものだと思われるインスタグラムのアカウントだけ。

―彼女が見せていたのは、偽りの姿だった?

インスタグラムに残されていた、慎ましやかな彼女の姿からは想像もできない世界とは…。

◆これまでのあらすじ

2019年4月。プロポーズの数日後、前触れもなく消えた敏郎の恋人・明子。手掛かりは、彼女のものと思われるインスタグラムだけだが、なかなか消息が掴めない。

そんな中、丸の内のパブで明子の姿を発見する。しかし彼女の隣には、エリート風の男たちがいて…?

―まさか、明子がいるとは…。

敏郎は今すぐにでも彼女のもとに駆け寄りたかった。

しかし彼女と同席している外国人らの存在と、法事帰りゆえに廉価品の喪服姿であるという事実が、衝動にブレーキをかける。

オーバーリアクションで笑う明子の背中を眺めながら、敏郎はイラだちが隠せない。

―本当の君は、そんなんじゃない。

2杯目のハイネケンを、敏郎は頼むことにした。

「すみません、同じのを…」

しかしバーカウンターで注文をしている間に、明子たちは席を立っていたようだ。敏郎が自分のテーブルに戻ると、明子の姿は見えなくなっていた。

唇を噛む一方で、声をかける勇気が出せなかった臆病者の自分をひどく恨んだ。

女には強気。男社会のオキテ

数日後、敏郎は大学の先輩で広告代理店勤務の前田を誘い、新橋にあるレストラン『マイモン ギンザ』を訪れた。

「ここ、見覚えあるなあ」

「当たり前ですよ。俺ら来たことありますって」

とぼける前田に、敏郎はすぐ指摘する。それもそのはず、ここは3年前に参加した食事会が開かれた店。

そこで、明子と敏郎は出会ったのだ。

思い出の場所に先輩を呼び出したワケ

「サラダ、お取りしますか?」

あの日、敏郎の向かいに座っていた明子の一言が、すべての始まりだった。

体育会系でお祭り好きの前田は、何かと理由をつけて食事会やイベントを開催することが多い。その会ももちろん、前田の主催で開かれた。

彼の呼びかけで来る女性はモデルやアパレルで働く、遊び慣れていて華やかな女性ばかり。敏郎もそういう女性が大好きだった。

しかし、明子が自然に食事を取り分けている姿は、彼女たちとは違う家庭的な優しさが感じられたのだ。

それが自分でもベタで単純な反応であることは理解している。

「いいね、気の利く女性って感じで」

声をかけた敏郎に対し、明子はきっぱり答えた。

「私が食べたいから、ついでですよ」

そう言って恥ずかしげに目をそらす彼女を、敏郎は可愛らしいと思った。そして気付けば、どうにかして振り向かせようと夢中になって話しかけていたのだ。

「…で、明子ちゃんとは最近どう?」

近況と今シーズンの野球の話をしばらくした後、前田が自然な流れで聞いてきた。敏郎はその言葉を、ずっと待ち構えていた。

「今、喧嘩中で。離れて暮らしてるんス」

「浮気でもしたか?」

「ま、そんなところですね」

ひとりの女にウジウジしてる姿を、前田に見せたくなかった。できるだけ平静を装って本題を切り出す。

「そんなわけで、勢いで連絡先消しちゃったんですけど、先輩知ってたりします?」

自分から連絡をしないつもりなのに連絡先が欲しいのは、お守りを欲するようなものだ。

…正直に言うと、何かあった時の心の支えが欲しかった。

「女側の幹事が呼んできたコだし、わかんねえよ」

敏郎はその回答に落胆するも、自分にだけ教えられた連絡先だという事実に少しホッとした。

「そうすか…。じゃあ、幹事さんの連絡先は?自分から聞きますから」

「サナちゃんね。実はオレ、前に彼女と揉めてさ、連絡NGなの」

面倒そうに答えた前田を見て、男女関係のゴタゴタだと察した。

―やっぱり手、出してたんだ。相変わらずだな。

前田の遊びぶりは敏郎をどこか安堵させる。

この年齢になると男も家庭を持ったことで、小さくまとまってしまい付き合いも悪くなるが、前田だけは違った。夜の店も女遊びも、それは彼が既婚者になっても健在で、その自由さは敏郎の憧れでもあった。

彼だけはいつまでもそのままでいてほしい、と敏郎は思う。

「時間も早いし、もう1軒行く?」

だいぶ腹も膨れた頃、前田から次の店に誘われた。近くによく行くダイニングがあるのだという。

「女の子呼ぶけど、いいよな」

すでにLINEを操作している先輩を前に、断る選択肢はない。敏郎は笑顔で返事をした。

「ありがとうございます!」

前田が女性とメッセージのやりとりに没頭している間、敏郎もスマホを眺めてみた。

インスタの@emodaw_sihrtoaのページには、先日の[丸の内の店](https://tokyo-calendar.jp/article/18746)の写真がアップされている。やはり見間違えではなかったようだ。

そんな中、前田が間を持たせるように何気なく口を開いた。

「なあ、明子ちゃんは結局大学行ってるの?」

明子の消えた理由はさらに謎めいて…

―大学に、行ってる?

敏郎はその言葉に耳を疑った。

「え、明子がいくつだと思ってるんですか」

「だよな。うろ覚えだけど食事会で話した時、無職だっていうから掘り下げたんだよ。したら、早稲田に入りたいって。冗談か、諦めたのかね」

「でしょうね。僕も知らないですよ。ずっと家事しながらのんびりとパート暮らしでしたよ」

敏郎は動揺を隠しながら、そう答える。彼の証言が真実だとしても、3年以上前のことなのだから、と自分に言い聞かせた。

―多分、僕と暮らし始めて大学なんてどうでもよくなったんだろ。

だって結婚すれば、何不自由ない生活が待っているんだから。

しかし彼女は、突然敏郎のもとを去ってしまった。もしかして、その夢があきらめきれなかったのだろうか、と敏郎は消えた理由を推測する。

―だとしたら、話してくれれば受け入れたさ。

家のことさえきちんとしてくれれば、学校に通おうが何をしようが反対しない。

そういえば以前、一緒に家でクイズ番組を見ていた時、何となく学歴の話になったことを敏郎は思い出す。

敏郎は「明治大出身」とはっきり答えたが、明子は口ごもって教えてくれなかったのだ。

その時、言われても微妙な反応しかできない大学なのだと推測し深くは聞かなかったが、もしかしたらずっと彼女の中には学歴コンプレックスがあったのかもしれない。

だから必死で、付け焼刃でも世界情勢や経済の話をバーでしたり、知性をアピールしていたのだろうか。

そんな疑問が敏郎の頭の中にこびりついた。

前田がよく使うという『銀座 ライム』は、薄暗い照明の中で熱帯魚が泳ぐ、女性が好みそうなオシャレな店だった。

40近い男2人で肩身の狭さを感じながら、敏郎と前田は女性が来るのを待った。

「お待たせしました~!」

そこに現れたのは、スラリとした20代前半の美女2人組だ。

「わかる?2人ともモデルさんだよ」

前田は得意げに言った。懇意の芸能事務所社員に紹介されてからの付き合いなのだという。

「光島セイラです♡」

「…麻生優里菜です」

前田の接し方から察するに、セイラは彼と何らかの関係性がありそうだ。彼らの横で、手持ち無沙汰になって周囲を見渡している優里菜に、敏郎は優しく声をかけた。

「ここの店、よく来るの?」

「いえ。初めてです。でも素敵なお店ですね。ドキドキします」

素直な感想に、敏郎の心も和んだ。

「僕も。前田さんの行きつけだって」

「さすが代理店の方ですね。村西さんも広告関係の方ですか?」

「僕はテレビ局なんだ。前田さんは明大の時の先輩で」

「すごい!見た目でなんか違うなって思いました」

敏郎も思わず口元が緩む。優里菜が向ける、尊敬の眼差しが心地いい。

「大学も明大って頭いいんですね」

「え、普通だよ」

「東京って、すごい。こんな素敵な店に行けたり、業界の人たちにすぐ会えるなんて」

目の前のフルーツカクテルを眺める優里菜の瞳は、煌びやかな店の照明よりもキラキラしていて、まぶしすぎるほどだった。

なぜだろうか。彼女を見て、癒されている自分に敏郎は気づいた。

明子のことで混沌としていた心が浄化されていくような、そんな感覚に陥るのだった。

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明子が心に残りながらも、敏郎は優里菜に惹かれてゆき…?