音楽が聴こえてきた街:1984年夏、渋谷ラ・スカラに鳴り響くフットルース

1984年 7月14日 映画「フットルース」が日本で劇場公開された日

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80年代のディスコシーンと「フットルース」のサウンドトラック

思い返せば、僕らの聴いていた洋楽はどんな場所でかかっていたのだろう? 特定の場所に思いを馳せながら音の洪水に身を委ねると、当時の音楽はどんなふうに聴こえるのだろう?

そんなことを考えていたら、80年代のディスコシーンを語るうえで欠かすことのできない1枚のアルバムが思い浮かんだ。1984年、映画公開に先駆けリリースされた『フットルース』のオリジナル・サウンドトラックである。

サウンドトラックというものは普通、その映画に感銘を受けて購入。収録されている曲が使われているシーンを思い出しながら、しみじみと聴くというのが正しい聴き方だろう。しかし、僕はこの映画を一度も観たことがない。それでも、当時の群像を思い出し、今でも繰り返し繰り返し聴くアルバムだ。そう、この『フットルース』は、東京のディスコシーンにおいて全曲ヘビロテされるほど、絶大な人気サントラだった。

1984年夏、ヴァン・ヘイレンとケニー・ロギンスでフロア熱狂!

(1984年)当時、僕は高校1年生。ディスコの楽しさに目覚め、新宿の歌舞伎町にあった忘れじのディスコビル=東亜会館や、渋谷公園通りの入り口にあったサーファー系ディスコ「ラ・スカラ」に頻繁に通っていた。『フットルース』は、どちらかというと「ラ・スカラ」で聴いた思い出。初めてここに足を踏み入れた時、僕の心の扉を開いてくれたのが、ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」とケニー・ロギンスの「フットルース」だったことは忘れない。

そう、「ジャンプ」がプレイされると、フロアの空気は一変する。ところどころで嬌声があがる。デイヴ・リー・ロスの「ジャンプ!」というシャウトと共に、ミラーボールに照らされたフロアが一斉にジャンプするキラキラした光景は今も僕の脳裏に焼き付いている。同じように「フットルース」のイントロ―― ドラムとベースのリズムにエフェクトの効いたギターが絡まるとフロアは熱狂の渦に包まれた。

当時、ディスコ・ミュージックといえばR&B~FUNK、ハイエナジー~ユーロビートという独自のカルチャーがあったのだが、そこに最新のヒットナンバーをさらりと入れるところが、80年代新宿・渋谷のディスコシーンの凄いところだった。初めて来た高校生の僕のような客でもすんなりフロアに溶け込むことができた。あの時「フットルース」がかかっていなかったらこんなにもディスコにのめり込まなかったと思う。今でも「フットルース」を聴くと、84年の渋谷の光景が瞼の裏に鮮やかと蘇る。

渋谷公園通りの入口にあったサーファー系ディスコ「ラ・スカラ」

渋谷公園通りの「ラ・スカラ」―― それは丸井のある交差点近く、現在ディズニーショップが入っているビルの3階と4階をぶち抜いた場所にあった。1階にはジャック&ベティというファストフードがあり、そこで待ち合わせをして「ラ・スカラ」に向かうというのが常だった。

僕はチェッカーズブームにあやかり、タンクトップの上にギンガムチェックのシャツを羽織り、ルーズなシルエットの白いコットンパンツのようないで立ち。当時のディスコには僕みたいな高校生がいっぱいいて、こんなコーデを自分的には最先端だと思っていた。

でも、ジャック&ベティで知り合った渋谷が地元の不良少年たちは違っていた。『フットルース』のアルバムジャケットのような、ヘインズのホワイトTシャツに古着のリーバイス501というラフなスタイル、その上に BIG MAC のダンガリーシャツをイン。そして足元は、アディダスのカントリー… 。

彼らのファッションは、前年公開された映画『アウトサイダー』に影響を受けたタフなアメカジスタイルが定番となっていたのだ。チェッカーズスタイルやサーファー系のファッションで埋め尽くされたディスコのフロアで、彼らが「フットルース」に体を揺らす姿は眩しかったし、心底憧れたものだ。

チークタイムの定番、コロンの香りと「パラダイス~愛のテーマ」

さて、そんな「フットルース」と共に忘れられないのが、同サントラに収録され、チークタイムの定番となっていたマイク・レノ&アン・ウィルソンのデュエットナンバー「パラダイス~愛のテーマ(Almost Paradise)」だ。

高校生だった僕にとって、チークタイムにどうやって女のコをナンパするのかは最重要課題。照明が落とされ、暗くなる瞬間のフロアで声をかけ、肩を抱いて踊る。その時にふわっと漂う軽いコロンのムスクの香りが僕をオトナにした。

そして曲が終わると、DJブースの前にあったリクエストカードにお互いの電話番号を書いて交換する。でも、その夜はそこでおしまい。そこは純情で健全な80年代の高校生。翌日、公衆電話に十円玉を積み上げ、お目当ての女の子に電話するドキドキ感も昭和の思い出だ。

30年以上たった今でも、『フットルース』が鳴り響く「ラ・スカラ」の情景をふと思い出す。甘酸っぱくも気恥ずかしい16歳の自分… そう、本編を観ずとも、このサントラが僕の十代のワンシーンを記録した映画そのものなのだ。

―― 1984年夏、あなたはどこで何をしていましたか? この時代を生き、青春を謳歌してきた人にはそれぞれに人生のサウンドトラックがあるでしょう。

※2018年10月14日、2019年7月14日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 本田隆