「集落存続の危機」球磨村神瀬地区 国道寸断、避難散り散り 

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がれきや流木で1階を覆われた神瀬福祉センターたかおと=12日午前11時50分ごろ、球磨村(後藤仁孝)
豪雨で流された神瀬橋。橋脚だけが残る=12日午後3時10分ごろ、球磨村神瀬(後藤仁孝)

 熊本県南部を中心とした豪雨災害で、一時、孤立した球磨村の神瀬地区。住民は既に救助されたが、村外で離れ離れの生活を強いられている。村内や人吉市への交通網は至る所で断たれ、復旧は見通せない。「みんな、帰ってこれるのか」-。深い絆で結ばれた住民の間に、不安が広がっている。

 のどかな山里の風景は、4日未明の豪雨で一変した。球磨川が氾濫して郵便局や商店、住宅などが集まる中心地区が水没した。流された家や、土砂に埋まった家もある。

 同地区の267世帯644人のほとんどは、代々地元で暮らしてきた住民だ。多くの被災者が身を寄せた神瀬保育園では、調理や清掃をみんなで分担。園庭に白線で「120メイヒナン」と書いて救助を待った。古老の一人は「近所付き合いが良く、団結力がある集落」と胸を張る。

 ただ、地区内に残る家は土砂にのまれ、車はひっくり返ったまま。携帯電話は不通が続き、山肌から流れ込んだ水で道はぬかるむ。道路標識やカーブミラーはなぎ倒され、流木が刺さり、悪臭が鼻を突くが、片付ける住民の姿はない。

 地元出身で、村森林組合職員の松野辰己さん(56)は「誰がどこに行ったのか、連絡先も分からない。みんな帰ってきてほしいが、難しいかもしれん」と、変わり果てた集落の姿にショックを隠せない。別の女性(75)は「何十年もみんな一緒だった。こんなに寂しくなるなんて…」。

 孤立が解消したとはいえ、村中心部や人吉市へつながる球磨川沿いの国道219号は何カ所も崩落し、寸断されたまま。住民が避難している人吉一中(人吉市)や旧多良木高(多良木町)から同地区へは、八代市や芦北町などを経由しなければならず、片道2時間はかかる。

 村外2カ所の避難所のほか、親戚や知人宅に身を寄せた住民もおり、家族全員ばらばらの一家も。勤め先が八代市や芦北町にある人は、神瀬に戻るのを諦めて村外に新居を探す人もいるという。

 県と村は、仮設住宅の建設に向けた協議を進めており、人吉市に近い渡地区などが候補に挙がる。ただそれが実現しても、神瀬地区へのアクセスは容易ではない。住民の村外での暮らしは長引くことも予想される。

 「村外避難が続けば、集落の存続が難しくなりかねない」と松谷浩一村長。「古里に戻ってもらえるよう、最善を尽くしたい」と、自らを鼓舞するように語った。(臼杵大介)