〔さかど探検 再発見〕文化財めぐり vol.07

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■片柳(かたやなぎ)の相撲場(相撲場)
~江戸の力士が汗を流した出世相撲(しゅっせずもう)の地~

国道407号沿いの片柳交差点の近くに、坂戸市指定文化財(史跡)である「片柳の相撲場」があります。ここは小字名を「相撲場」といい、江戸時代に片柳村の鎮守(ちんじゅ)※の祭礼で相撲が行われていたゆかりの地といわれています。
片柳に残っている相撲の興行に関係する古文書によると、記録上最も古いものは、文政(ぶんせい)8年(1825年)の相撲の口上(こうじょう)についてのもので、少なくともこの頃にはこの地で相撲が行われていたことが分かります。
また、慶応(けいおう)元年(1865年)には、江戸から多くの力士を招いて相撲が盛大に行われたことが古文書で伝わっています。

その力士の一行の中には「大関 鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう)」がおり、鬼面山は後に横綱に昇進したこともあって、この場所は縁起のよい出世相撲の地として知られるようになりました。
この慶応元年の時の古文書からは、当時の相撲の興行の様子を伺い知ることができます。「相撲土俵場所割付覚帳(わりつけおぼえちょう)」は、招いた力士や行司の名前とともに、土俵と観客席の配置について記載されています。
なお、文久(ぶんきゅう)元年(1861年)9月の古文書には、子どもによる「小相撲(こずもう)」を行った時の口上が残っています。小相撲では、村の子どもを年齢によって二組に分け、それぞれ取組を行っていたようです。

現地には、平成3年(1991年)に新しくミニチュアの土俵と土俵小屋が復元され、平成20年(2008年)には文化財案内板も建て替えられており、出世相撲の歴史を今に伝えています。

※鎮守…村落などを守る神又はその神をまつった神社のこと
※このコーナーは、全12回(不定期)で掲載する予定です。