新型コロナワクチンの重しになる「接種を避けたい人たち」 日本では予防接種の基本方針を今夏策定へ

By 星良孝

モデルナが開発している新型コロナウイルスワクチンの臨床試験での投与=3月、米ワシントン州シアトル(AP=共同)

 新型コロナウイルスの新規感染者数が連日、3桁台に乗り、第2波の到来とも指摘される。 国内では新型コロナウイルスに抵抗できる免疫を持つ人がまだ少ないと見られている。例えば、ソフトバンクグループは全国4万4066件の検査結果を公開し、抗体検査陽性率は0・43%にとどまった。免疫は抗体ばかりではないとはいえ、新型コロナウイルスへの防御力は乏しい可能性があり、要警戒が続く。

  早期のワクチン開発が進められているのは、感染が国民全体に拡大する前に、先手を打って免疫を持った人を増やそうとしているからだ。英国オックスフォード大学を中心としたグループが最速で最終段階の臨床試験を進めているほか、米国や中国のグループも試験を進め、日本でも大阪大学発ベンチャーのアンジェスを中心としたグループが人を対象とした臨床試験に既に着手している。「大阪産ワクチン」と呼ばれている。

  前回の記事(新型コロナワクチンに3つの「泣きどころ」 大阪で人への試験始まる 開発の最前線)で、筆者はワクチン開発の進展を複眼的に見るべく、新型コロナワクチンをめぐる3つの課題について「泣きどころ」として整理した。一つは、ワクチンで導き出される免疫がウイルスのどこをターゲットに狙うのか複数の選択肢があること。開発中の多くは、一部のターゲットに集中し、将来的に研究の余地が大きいと紹介した。さらに、ワクチンを体内に送り込む「運び屋」についてだ。人体に無害のウイルスを使う手法が実用化に近いが、運び屋自体が体から拒絶される可能性があると紹介した。最後に挙げたのは、抗体依存性感染増強(ADE)の問題である。ワクチンによって導かれた抗体が感染症を悪化させる現象があり、世界の研究者が警戒していると説明した。こうした課題を解決した先にワクチンの完成が見込まれ、大阪産ワクチンはこうした課題を解決しやすい特徴を備えていると指摘した。

  今回は、引き続き、実用化の先に待ち構えるさらなる課題として、ワクチンを避けようとする人たちへの対応について書いていく。後述するが、新型コロナワクチンでは、「反ワクチン」と言われる問題にとどまらず、より慎重に事を進める必要があると考えている。(ステラ・メディックス代表取締役、編集者、獣医師=星良孝)

 

米国立衛生研究所が臨床試験を始めた、新型コロナウイルスのワクチン投与を受ける男性=3月、ワシントン州シアトル(AP=共同)

 ▽「ワクチン接種する」半数割る

  この5月、米国AP通信とシカゴ大学が共同で行ったワクチン接種の意向を聞いた調査結果は国内外で衝撃をもって受け止められていた。この調査では1056人を対象に、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種をするかを聞いていた。この結果、「接種する」と回答した人が49%と、半数にわずかに満たない程度にとどまった。感染拡大がやまない未曾有の事態の中、大半の人にワクチンが待望されているかと思いきや、ワクチン接種に積極的な人が意外に少ないことになり、困惑につながったのである。

  今後、ワクチンが安全で有効に接種可能になっても、接種を受ける人が一部にとどまれば、未接種である人の中で感染症の連鎖が止まらない恐れもある。そうなれば、ワクチンの存在意義も薄れる。ワクチン接種が必ずしも全員に広がらなくても、集団の中で一定割合の人に免疫を付けると感染爆発を防ぐことができると考えられている。これは「集団免疫」と呼ばれており、ワクチン接種の効果として期待されているが、これについてもワクチン接種が必要な水準まで広がらなければ絵空事でしかない。

  調査では、人種別の結果もあり、接種すると回答したのは黒人では25%、ヒスパニックでは37%とさらに低かった。白人でも56%にとどまり、決して高いとも言いがたく、楽観的に見られない結果だ。黒人やヒスパニックの人々は、新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいと以前に報告されている。こうした人種の人々がワクチン接種に前向きになっていない状況は問題となり得る。

  人種別のほかに、支持政党別でも結果を公表しており、それらをあわせてみると、「ワクチン接種をしない」と回答した人の割合が最も多かったのは黒人の40%、続いて高いのが共和党支持者の26%だった。共和党支持者には保守派が多いとされるが、宗教的な理由からワクチンに消極的になるケースがあることはかねて指摘されていた。

  全体では、「接種をしない」と回答したのは20%となっている。回答者の考え方として、ワクチン接種を希望しない人の3割は、新型コロナウイルスで重症化することを恐れないとしていた。日本でも「新型コロナウイルスは単なる風邪の一種」というように、一般的な感染症と同類のように見なす意見が出ることもあるが、ワクチン接種の逆風につながる可能性をうかがわせるものだ。

 

大阪大とベンチャー企業アンジェスが開発中のDNAワクチン(大阪大提供)

 ▽多様なワクチン拒否の理由

  そもそもワクチンを避けようとする動きは今回に限ったことではない。「反ワクチン」とも呼ばれる活動は社会的に問題になり続けてきた。ワクチン拒否をする理由はさまざまだが、医学的にワクチン接種をできない人は別としても、宗教的や個人的、哲学的な理由などからワクチン接種を避けるケースがあると報告されている。ワクチン接種が拒否されることによる問題としてよく知られるのが、感染症の再流行だ。米国では、ワクチンで予防可能な病気であるはしか(麻疹)、百日咳、インフルエンザ菌b型の感染例や死亡例が2000年代以降に報告されるようになっている。

  ワクチン接種を拒絶する動きが広がると、このように健康上の問題が発生してしまう可能性がある。だからこそ、ワクチンの安全性や有効性を適切に確保するのは当然として、そればかりではなく、ワクチンに反対する人たちに納得してもらい、ワクチン接種を広げられるような努力を続ける必要がある。

  現実的には、そのようにして事が丸く収まるかというと、そういってもいられない。問題の複雑さが研究により見えてきている。この5月、米国ジョージワシントン大学のグループは、フェイスブック上での1億人近くの主張から反ワクチンの考え方を分析し、反ワクチンの考え方に多くの人が引き寄せられている状況を報告している。

  この研究によると、ワクチン反対派の主張に見られた特徴は、その多様性だった。ワクチンの安全性に対する疑問やワクチンの背景にある陰謀説などの主張をする小グループが世界中、言語を問わずに存在していた。ワクチンの推進派は、反対派のグループと比べると人数は上回るものの、「ワクチンが有効」「命を救う」といった端的な主張に集約され、主張の多様性が見られなかった。反対派と推進派との間に互いの交流は少なく、一方で、反対派は、立場を決めていない人たちと交流して、反対派に引きつけるようにネットワークを作っていた。推進派と反対派の間で議論がかみ合わないまま、多様な主張を繰り出す反対派に無党派が引きつけられている状況だ。研究グループはこうした状況を踏まえて、反対派を支持する人が、今後10年間で、推進派を支持する人を上回ると予測した。

  新型コロナワクチン接種を広げる意味からも、この研究結果から学ぶべきところはある。先に紹介した米国で行われた調査では、明確に「接種しない」と回答する反対派も既に一定数確認されていた。こうした人たちのワクチンを避けたい理由は多様である可能性がある。そうした理由について理解を深めていくことで、接種の意向を持ってもらうための方策を練ることは可能となるのだろう。

記者会見で国との合意を発表する、B型肝炎訴訟の全国原告・弁護団=2015年、札幌市

 米国ではワクチンの不信感につながる宗教上の理由などがあるが、日本でもB型肝炎訴訟が起きるなど、予防接種の不信感につながる理由は存在している。このB型肝炎訴訟は、予防接種での注射器の使い回しによりウイルス感染が予防接種を受けた子どもの間で広がった問題に端を発する。厚生労働省が接種のたびに注射器を交換するよう通知を出したのが1988年1月で、1980年代に予防接種の対象だった年代の人たちは当事者となる。予防接種の安全性に関わる歴史の記憶が鮮明であるのは、このときの被害を受けた人であればなおさらだろう。ワクチンを避けたい人々は、表向きは見えづらいが確実に存在していると考えた方がよい。新型コロナワクチンは過去のワクチンとは全く別物だといっても、誤解も含めて、丁寧に説明を続ける努力を怠るべきではない。

 『サイエンス』で、ジャーナリストのウォレン・コンフェル氏は、米国ノースカロライナ大学の行動科学者ノエル・ブルワー氏のコメントを紹介し、「ソーシャルメディアはイメージほど影響力がない」と説明していた。啓発のためにSNSなどウェブで間接的に情報発信するのはよいが、講習会などの直接的な取り組みも重視すべきだという考え方から学ぶべきところはある。

  ここまで見てきたように、推進派は安全性や有効性を繰り返す主張に終始しがちだと見られている。ワクチン接種を促すためには、より情報収集も行いつつ、ワクチン接種を避けたい理由に向き合い、寄り添いながら、疑問を解く必要があると考えた方が賢明だろう。

  ▽ 推進派も慎重さ求める

  新型コロナワクチンの場合には、もっと特殊な状況にあると考える必要もありそうだ。ワクチンを推進する立場の人さえも、ワクチンの安全性や有効性を手放しで評価する状況にない可能性があるからだ。

  新型コロナワクチンは、これから初めて世に出てくるワクチンとなる。安全性や有効性について臨床試験の中で証明されるとはいえ、感染爆発が起きている状況であるために開発のペースが通常よりも早められている。世界で最も早い開発チームは1月に開発に着手して、わずか5カ月で最終段階の試験を開始している。それが焦りすぎで、検証が不十分であるとする懸念にもつながっている。

  米国では、国が新型コロナワクチンを2021年1月までに3億回分用意するプロジェクト「オペレーション・ワープ・スピード」と呼ばれるプロジェクトを進めている。文字通り、ワープするようなスピードで実用化を推し進めるものだ。こうした動きに対して、実際にワクチンを推進する立場の人でさえも「拙速」ととらえる向きがある。経口ポリオワクチンの開発を記念して設立された米国セービンワクチン研究所のトップであるブルース・ゲリン所長は「これ以上悪い名前はない」と、ワープ・スピードという拙速さを象徴するような米国のプロジェクト名称について皮肉めいたコメントを米科学誌『サイエンス』に寄せている。「もうちょっと慎重にすべきではないか」と、推進派にまで思われているわけだ。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 ▽ 基本方針の次なる課題に

  日本では、初会合が7月に開かれた新型コロナウイルス感染症対策分科会で、ワクチン接種の基本方針について議論される予定だ。今夏にはワクチンの大まかな優先順位が固まると報じられている。

 米国でも議論は既に始まっている。『サイエンス』によると、米国疾病対策センター(CDC)予防接種の実施に関する諮問委員会においては、インフルエンザワクチン不足時の予防接種の優先順位を参考にする方針が示されている。

 インフルエンザワクチンについて設定されている方針では、優先度を5段階に分けている。第1段階~第3段階では、医療従事者、軍隊、行政関係者に対して緊急度ごとに接種が進められ、妊婦や子どもなども同様に優先させる考え方になっている。続いて第4段階に、高齢者やハイリスクの人たち。第5回で国民全員となる。ただ、今回のワクチンは検証中であり、開発されたばかりのワクチンを妊婦などに安全に接種できるのかといった問題も浮上している。

 日本では13年に『新型インフルエンザ等対策政府行動計画』がまとめられている。この中ではやはり医療従事者や公務員、インフラ事業者などを優先にするなど、ワクチンの目的ごとに優先順位を整理している。過去の指針を参考にして、ワクチン接種の効果を高めていく基本方針となると考えられる。既に、ワクチンの優先順位の報道があっただけで、「ワクチンがまだ開発中なのに拙速ではないか」という意見が日本でも出ている。ワクチンを避けようとする人への対応は次なる課題の一つになる。

  ■参考文献

 抗体検査結果速報値等について(ソフトバンクグループ)https://group.softbank/system/files/pdf/antibodytest.pdf

 AP-NORC poll: Half of Americans would get a COVID-19 vaccine https://apnews.com/dacdc8bc428dd4df6511bfa259cfec44

 加藤譲,『アメリカ合衆国においてワクチン接種が 拒否される理由』,医学哲学 医学倫理 2015;33:41-51. https://www.jstage.jst.go.jp/article/itetsu/33/0/33KJ00010221062/article/-char/ja/

 Just 50% of Americans plan to get a COVID-19 vaccine. Here’s how to win over the rest https://www.sciencemag.org/news/2020/06/just-50-americans-plan-get-covid-19-vaccine-here-s-how-win-over-rest

 Johnson NF, Velásquez N, Restrepo NJ, et al. The online competition between pro- and anti-vaccination views. Nature. 2020;582(7811):230-233. doi:10.1038/s41586-020-2281-1 https://www.nature.com/articles/s41586-020-2281-1

 Fact Sheet: Explaining Operation Warp Speed https://www.hhs.gov/about/news/2020/06/16/fact-sheet-explaining-operation-warp-speed.html

 予防接種等の接種器具の取扱いについて(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta4904&dataType=1&pageNo=1

 ワクチン優先順、夏に方針 職種や重症化リスクを考慮(共同通信)https://www.47news.jp/4997420.html

 The line is forming for a COVID-19 vaccine. Who should be at the front? https://www.sciencemag.org/news/2020/06/line-forming-covid-19-vaccine-who-should-be-front

 Interim Updated Planning Guidance on Allocating and Targeting Pandemic Influenza Vaccine during an Influenza Pandemic https://www.cdc.gov/flu/pandemic-resources/national-strategy/planning-guidance/index.html

 新型インフルエンザ等対策政府行動計画(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/dl/jichitai20131118-02u.pdf

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