プロ野球は開幕から約1カ月。120試合に短縮されたとはいえ、各チームともまだ90~100試合近くを残す。
開幕前、大方の評論家が最下位予想したヤクルトが首位に躍り出ても、ロッテや楽天が順位表の一番上に載っても驚くことは内ない。まだ、この時期だ。
しかし、この時期とはいえ広島・堂林翔太の打撃開眼ぶりには驚かされる。プロ11年目の打撃がすごい。
7月13日現在、打率4割1分4厘はセ・リーグ堂々のトップ。出塁率や長打率の数字を見てもチームの主砲・鈴木誠也と遜色がない。
昨年の1軍出場はわずかに28試合。打率は2割そこそこで、本塁打に至っては2年間0。ある野球サイトでは昨オフに戦力外予想を掲載し、広島編では永川勝浩投手(昨年限りで引退)に次いで堂林の名前が挙がっていた。
ここ数年はトレードも噂されるなど、野球人生は瀬戸際まで追い詰められていた。
そんな男の見違えるばかりの働きには「11年目の覚醒」という表現がよく使われている。
元々が「赤ヘルのプリンス」と呼ばれたほどの未完の大器。
2009年には中京大中京高(愛知)の4番、エースとして夏の甲子園大会で全国優勝を成し遂げ、その秋にドラフト2位指名で広島入りした。
プロ3年目の12年には、当時の野村謙二郎監督の目に留まり全試合に出場。150三振に29失策と粗さも目立ったが、14本塁打をマークして将来の主軸選手として期待も高かった。
しかし、この年を境に成績は下降カーブをたどるばかり。近年は1軍と2軍を行き来する生活が続いていた。
プロ入り同期の筒香嘉智(現レイズ)や菊池雄星(現マリナーズ)らには大きく水をあけられ、今季の推定年俸は1600万円。これはチームにドラフト1位で入団した森下暢仁投手と同額だ。
そんな「窓際族」の復活にはチーム事情もあった。
昨年までクリーンアップの一角を担っていたバティスタが不祥事で退団して、右の大砲が不足したこと。さらに広島ではかつて、投手から野手に転向した嶋重宣氏(現西武2軍コーチ)が、10年目に首位打者を獲得した例もある。
辛抱強く育成するのもこのチームの特徴だ。
佐々岡真司新監督が誕生したことも新たなチーム作りを目指す上で、堂林には幸いしたのかもしれない。
外的な要因に加えて、堂林の意識改革が覚醒を呼ぶ。昨オフには3歳年下の鈴木誠也に弟子入り、自主トレをともにした。
「日本一のバッターが身近にいるのだから、何かプラスになることはあるはず」とプライドを捨てた先輩に、鈴木がアドバイスしたのは打球方向をセンター中心に意識すること。元々、体の開きが早く、左に引っ張って凡打を繰り返す悪癖を矯正し、軸足(右足)に体重を残すことで確実性が増すという金言だ。
するとオープン戦や練習試合で見違える結果を残して、6年ぶりの開幕スタメンに名を連ねた。
センター中心に打球方向は変わり、面白いように安打を量産。今では三塁手に再転向後も欠かせない戦力となった。
同い年でエースの大瀬良大地が誰よりも早く球場入りしランニングで汗を流していると、堂林もその列に加わるようになったと。
良いものであれば何でも果敢に挑戦する姿勢が好調を支えている。
開幕直後の6月25日の巨人戦で1121日ぶりの一発を記録すると、7月8日のDeNA戦では、敗色濃厚の8回に起死回生の逆転満塁本塁打を放った。
安打を量産できるようになれば、出場の機会は増え、持ち前の長打力も輝きを放つ。
長いシーズンでは誰もがスランプの時期を迎えてもがき苦しむ。だが、長い年月の苦闘を経てつかんだ技術はそう簡単に崩れ去るものではない。そう信じたい。
弱肉強食のプロ世界。毎年のように若者が育ち、確固たる地位を築くスターはライバルを押しのけていく。そんな中で鳴かず飛ばずだった苦労人が突如、スポットライトを浴びるのもファンにとっては嬉しい。
忘れられかけていた28歳の覚醒。この先、どんなドラマが待っているのだろうか。
荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル
スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。