「はよ逃げろ」間一髪の避難劇 熊本豪雨、77歳班長が一軒一軒呼び掛け

©株式会社熊本日日新聞社

樋門の前で、球磨川が氾濫した4日の様子を説明する西村俊則さん=14日午後、相良村柳瀬十島区

 「水が増しとるけん、はよ逃げろ!」。球磨川と支流の川辺川が合流する熊本県相良村柳瀬十島区[としまく]の西村地区で、球磨川が氾濫した4日明け方、間一髪の避難劇があった。危機を察した、地区の班長を務める農業西村俊則さん(77)の呼び掛けで、住民約50人が避難。自宅に残った高齢男性も後で救助され、犠牲者を出さなかった。

 西村さんは、球磨川の堤防で、地区内の水路から球磨川に排水する樋門の管理を約30年任されている。4日は村役場から連絡を受けて午前0時ごろから、樋門近くの監視小屋で水位を記録。上昇し続けたため、夜が明け始めた午前5時ごろ、地区の全18戸を約1時間かけて一軒一軒回り、避難を呼び掛けた。

 「水があふれるまで、あっという間だった」と西村さん。再び堤防に戻ると水位は1メートルほど上昇。堤防を越えるまで、あと数十センチまで水が迫っていたため、集落に引き返してもう一度、住民に促し、それぞれが何とか避難。午前6時すぎ、球磨川から氾濫した濁流が、同地区の高台にあるくま川鉄道の川村駅を越えて集落へ流れ込み、住宅は最大2メートル以上浸水した。

 西村さんによると、残っていた高齢男性は首の辺りまで漬かったが、水に浮かべたおけに携帯電話を入れて水没を免れ、住民と連絡が取れて救助された。

 「強い地域のつながりがあったからこそ住民総出の避難ができた」と十島区の宮下英昭区長(68)。西村地区は、農作業を手伝い合うなど住民同士の交流が特に深いという。

 寺院に避難した上村孝紀さん(79)は、西村さんの呼び掛けで危険を感じ、“避難スイッチ”が入った。「これまで3回ほど床下浸水を経験していたので、今度も大丈夫だと思っていた。西村さんのおかげで無事、避難できた」と感謝する。

 西村さんは必死だった当時を振り返りながら、「呼び掛けたことで、高齢者や身体が不自由な人を助けることができてよかった」と話した。(米本充宏、川野千尋)