それでも「Go To キャンペーン」が必要な2つの理由【永山久徳の宿泊業界インサイダー】

巨額な委託費への批判を受け、見直しにより開始が大幅に遅れると思われた「Go To キャンペーン」のうち、「Go To トラベルキャンペーン」のみ、7月22日に先行してスタートすることが発表された。

大方の予想を裏切る早期の開始には関係者の不眠不休の努力があったであろうことは容易に想像できる。観光業界に身を置く筆者も驚きつつも感謝していたのだが、同タイミングでの感染者拡大とリンクした世論のバッシングと事業スキームの混迷についてはここで書くまでもないだろう。批判や困惑の声が大勢を占める現時点でもなお、筆者がGo To トラベルキャンペーンの早期実施を必要だと思う理由を述べたい。

(1)観光業のスケールは想像よりはるかに大きい

1軒当たり年商数億円に過ぎない私の経営する旅館の取引先(支払先)は何社くらいあるか想像がつくだろうか?

年に一度でも支払いのある相手は1,000件を優に超える。送客手数料や食材仕入だけではない。衣食住にかかわるあらゆるアイテムやサービスを購入する上、工場並みの設備の導入や保守も必要だ。1,000件の支払先にそれぞれ10人の従業員、3人の家族がいたとすれば、旅館がお客様から受け取った宿泊代は最終的に30,000人に行き渡ることになる。観光キャンペーンに求められる効果はこの裾野の広さを期待されてのものだ。

19年の国内における旅行消費額はおよそ28兆円。生産波及効果は54兆円にのぼり(参考:輸出も含めた自動車関連出荷額は約68兆円)、GDPの5%、国内雇用の約7%を占める(参考:自動車産業は国内雇用の約8%)。観光産業により何らかの収入を得ている雇用者はその3倍程度と言われるため、就業者の20%、5人に1人は観光産業の恩恵にあずかっていると推計することができる。

他の産業に乏しい地方ではさらに観光への依存度は高いだろう。インバウンドに限っても19年の訪日客の消費は約5兆円(自動車の輸出は約12兆円)。この規模感から考えると、コロナ禍による観光産業のダメージが日本に与えた影響は、日本の自動車産業が半減したのと同等のインパクトがある。仮に自動車産業がこれほどの影響を受けた場合、「自動車業界への税金投入はおかしい」「落ち着いてからで良いではないか」と言える政治家や国民はどれほどいるだろうか?

Go To トラベルキャンペーンを「観光事業者の救済を目的としたもの」と直接的にしか捉えられない人は観光業のスケールを見誤っている。観光とは無縁のはずのあなたの給料の一部が観光業から流れてきたものである可能性はとても高いのだ。

逆にGo To トラベルキャンペーンが無期限延期になった場合、これだけの範囲の経済が失われたままとなる。キャンペーンを好材料と捉えていた金融機関への与信も霧散し倒産のペースがますます加速することは想像に難くない。地方の産業構造は根底から崩れ、皆さんの想像以上の恐慌が訪れることとなる。

(2)感染拡大防止と観光再開は二者択一ではない

以前、本コラムで「『旅行しても良い』というムードは自然には発生しない。ムードが変わるのを待って実施するのが『Go To キャンペーン』ではない。逆にムードを変えるために不可欠なのが『Go To キャンペーン』なのだ。」と書いた

感染者数が増加傾向に転じた現状でも、職場や学校、商店や飲食店はむしろニューノーマルに向けて日々着実に経験値を獲得している段階にあり、自粛や閉鎖に逆戻りはしている訳ではない。しかし、日常生活の延長であるはずの観光に関しては数ヶ月前から時が止まったままの状態だ。おっかなびっくりでも良いのでどこかで時計を動かす必要があった。我々にとって遅すぎたタイミングが今だという事だ。

もちろん地域差はある。むつ市のように観光施設を閉鎖して外からの観光客をブロックすることで市民を守りたい行政があっても良い。医療体制の脆弱な離島や辺境では自衛という選択は妥当だろう。鎖国を選んだ行政はコロナ対策交付金を観光事業者に手厚く配分すれば済むことだ。旅館業法上の問題などもあるが、来訪者に居住地や行動歴、体調などにより制限を設ける自治体があっても不思議ではない。守るべきもの、進めるべきものはそれぞれが決断すれば良いのだ。これは住民や行政だけでなく、観光事業者にも言えることだ。ゴールデンウィークの自粛要請の中、地域や従業員の安全を第一に休業した施設もあれば、地域の反対を押し切って営業を続けた施設もあったのだから、キャンペーンがあるからといって信念をねじ曲げる必要はない。

Go To トラベルキャンペーンの実施は、某知事の指摘するような、アクセルとブレーキを同時にかける行為ではない。我々は既に日常生活においてブレーキから足を離して少しずつアクセルを踏み始めている。なのに、サイドブレーキを効かせたままなので思ったほどは前に進まない。そのサイドブレーキを解除して、ニューノーマルの日常をより円滑にしようという施策のひとつがGo To トラベルキャンペーンなのだ。慎重派の意見は重く受け止めるが、「サイドブレーキを解除した途端、全力でアクセルを踏んだら事故が起きるじゃないか」という理論では何も前には進まない。Go To トラベルキャンペーンは少なくとも半年間は実施される。その間に自身の地域の状況、観光に行きたい地域の状況を客観的に判断して、タイミングを見計らって旅行に行けば良いのではないか。その判断まで国に委ねる必要はないだろう。

もちろん、Go To トラベルキャンペーンに手放しで賛成している訳ではない。特に観光事業者から見た場合、その制度設計にはいくつかの矛盾や問題もある。次回はキャンペーンの運用方法の発表を待ち、視点を変えて論じたい。

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