新型コロナウイルス:「毒薬注射」「人体実験」——世界に広まるデマに対抗するための「カギ」とは

首都ポルトープランスで住民の戸別訪問を行うMSFスタッフ © MSF/Lunos Saint-Brave

首都ポルトープランスで住民の戸別訪問を行うMSFスタッフ © MSF/Lunos Saint-Brave

新型コロナウイルス感染症の流行が始まって以来、コロンビアやイエメンをはじめ、世界各地でこの病気に関するさまざまな「うわさ」が飛び交っている。

特によく聞かれるのが、カリブ海に位置するハイチでまことしやかにささやかれている「コロナウイルス関連の死者数を増やしてより多くの国際援助を受けるために、病院で毒薬を注射している」「病院ではコロナウイルスワクチン開発のための人体実験が行われている」などといった内容だ。

首都ポルトープランスで活動を行う国境なき医師団(MSF)の健康教育チームは、日々そのようなデマに対抗し、事実に即した正しい情報を人びとに提供している。しかし、一度定着してしまった思い込みを覆すのは容易ではない。

根拠のないうわさを恐れて重症化するケースも

ポルトープランスのドルイヤール地区にMSFが開設した新型コロナウイルス感染症治療施設には、根拠のないうわさを恐れて受診を先延ばしにした患者が、危篤状態となって運び込まれてくる。5月半ばから6月半ばまでに同施設で受け入れた132人のうち、12人が到着時に既に亡くなっていたか、もしくは到着後24時間以内に命を落とした。

新型コロナウイルスに感染し、MSFの施設で治療を受けたシドさん(49歳)は自身の体験を次のように語る。

 1カ月ほど熱が続いたため、病院に行きました。2人いる子どもの1人と妻も熱があったのですが、私より先に治っています。初めは植物で作った伝統的な薬を飲み、自宅療養をしていました。外国から来た人との接触もなかったので、コロナウイルスにかかっているなんて考えもしなかったからです。

しかし具合は一向に良くなりません。友人には救急車を呼んだ方がいいと言われましたが、周りの人たちはみな救急車を見ると「新型コロナウイルスの患者が乗っている」と怖がるので呼びませんでした。

そうしているうち咳に血が混じるようになり、とうとう起き上がることもできない状態になってしまったので、友人に自家用車でMSFの治療施設に連れて行ってくれと頼みました。「自家用車で」というのは近所に騒ぎを起こさないためです。その時受診していなかったら、きっと私は死んでいたと思います。

私が住む地域には熱がある人が大勢いますが、「病院で殺人ワクチンを注射されるくらいなら、自宅で死んだほうがましだ」と言うのです。入院した時にも複数の友人から電話があり、「注射は打たせるな」と忠告されました。この国のワクチンに関するデマには根深いものがあるのです。

こちらで治療を受けはじめて、2週間が経ちます。具合は良くなっているので、もう少しで退院できるのではないでしょうか。発熱や呼吸困難の症状が出たら、迷わず治療を受けに行くことが大切です。病院を怖がって受診しないことや、周りの人から変な目で見られたりするようなことは、あってはならないと思います。

信頼はうわさに対抗するための武器

人びとの多くは、一方でウイルスの存在を否定しながら、他方では病気に恐怖感を抱いている。そこでMSFの健康教育チームは、病気の存在や実践すべき予防策、手遅れにならないよう受診する必要性を住民に周知すべく戸別訪問を行った。大勢で集まることはできないため、少数への情報提供にならざるを得ないが、逆に一人ひとりとじっくり話しができるというメリットがあり、さまざまなうわさが飛び交っている現状ではそうした周知が欠かせない。

人びとがこの病気の特徴と感染経路を理解すれば、日々の生活で特に危険な状況を見分けられ、それに応じた予防策を講じることが可能だ。信頼はうわさに対抗するための武器となる。正しい知識を伝えるため、MSFは活動先の地元の人びとと積極的に言葉を交わし、信頼関係を築くよう努めている。

戸別訪問を行い、心配事などについて聞き取りを行う © MSF/Lunos Saint-Brave

戸別訪問を行い、心配事などについて聞き取りを行う © MSF/Lunos Saint-Brave

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