映画『ビッグ・リトル・ファーム』が伝える“生命の循環” 父が残した、小さな「土の楽園」

映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』(c) 2018 FarmLore Films, LLC

 生命は、宇宙の塵(ちり)から誕生したという説がある。

 私は、海の中を泳いだり、父の農園の肥沃(ひよく)な土の上にたたずんでいたりするとき、自分の存在が宇宙の一部だということを実感する。

 先日、昨年5月に亡くなった父の盆入りに、農園を訪ねた。

 小さいが、父がたった一人でこしらえた“楽園”だ。

 主をなくした農園は、雑草が生い茂り、クモの巣があちこちに張っていた。

 私はリンパ浮腫を患っていて、草むしりや枝刈りも困難だ。

 でも、なぜか気になって、茂みをかき分けながら奥へ奥へと入って行った。

 そこには、ブルーベリー、イチジク、柿などがたわわに実っていた。

 アケビだろうか、見慣れない青い果実が成りかけている。

 カエルの雨傘になりそうな里芋の葉も出ていて、赤ジソや青ジソも勝手に群生している。 

父が生涯愛した“楽園”

 この農園を、父がいつ、どんなきっかけで始めたのかは定かではない。

 でも、“土”をこよなく愛したことは確かだ。

 土づくりに並々ならぬ情熱を注ぎ、食べて味見することもあった。

 目撃したときは、さすがに驚愕した。

 土は、生命を育む大切な存在でもある。

 最近、そのことを考えさせられるきっかけになった映画がある。2018年にアメリカで制作され、現在、日本で公開中の『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしの作り方』(原題「The Biggest Little Farm」)だ。

 映像作家のジョン・チェスターと料理研究家の妻モリーが、理想の農園を作り上げていく8年間を追ったドキュメンタリー。

 1匹の犬を飼い始めたことがきっかけで、南カリフォルニアの広大な荒地に引っ越し、ゼロから農園を作り始める。

映像作家のジョン・チェスターと料理研究家の妻モリー (C) 2018 FarmLore Films, LLC

 失敗続きだった農園に奇跡を起こすのが、妻が呼び寄せたアラン・ヨーク。

 循環型有機農法「バイオダイナミクス」の先駆者だ。

 アランの導きによって、荒れ地は肥沃な土地へ変わり、“夢の楽園”が作り上げられていく。

 ミミズを育てて土を肥やし、井戸を掘って池を作り、害虫には天敵で対処し、動物の排せつ物は土に返す。土の中の微生物は、排せつ物を分解して農作物の栄養となって循環する。

 「サークル・オブ・ライフ(生命の環)」

 そう、映画に映る全てが「生命の環」。畑も、家畜も、農作物も。テントウムシ、蜂、害虫も。猛禽(もうきん)類、蛇、小さな齧歯(げっし)類も。そして、土壌の微生物、農園を襲う天災、チェスター夫妻自身さえもが「生命の環」としてつながっている。

 「生命の環」の理想郷に、思わずため息がもれる。

アラン・ヨークの提唱による「生命の環」に思わずうっとり(c) 2018 FarmLore Films, LLC

 この理想郷は、彼らの愛や不屈の努力によって作り上げられた。

 映画は、農園で暮らさないと撮影不可能だったであろう瞬間が、まるでのぞき込むようにして撮影されている。

 理想を追い求め、土と触れ合い、生まれた恵みを体内に入れ、円環してゆく人生。

 それこそが、根源的な人の営みかもしれない。

 日が昇ると目覚め、少しの食糧を口にして、農具を手に地を耕し、自然のエサで育てた家畜と共存する。

 生まれてくるものを慈しみ、その死を悼む。その繰り返し。

映画に登場する生き物の全てに感じられる愛しさと豊かさ(c) 2018 FarmLore Films, LLC

 私は亡き父が残した農園の土の上でミミズと対面する。

 大きくて肥えたミミズ。

 よくよく見ると、ミミズは2匹いて、互いの身体を求め合い、くっつき始めている。フカフカの土の上でたいそう気持ち良さそうにうねっている。

 近くでは、テントウムシがつがいで飛びかい、名も知らぬ鳥たちがさえずり、まるで愛の楽園。やきもち焼きの父がいたら、プンスカとなりそうなくらい。

 そこへ、ハーブの花の蜜を吸いに、大きなミツバチが飛んできた。

 父だ。間違いない。虫に姿を変えて現れたのだ。

 話しかけると、近くに寄ってくるのでやんわりその場から外れた。

 農具を片手に、荒れ放題の農園をぼんやりと見つめていると、ここにも「生命の環」があることに気づく。

 父が愛したこの農園もやがては消えゆくだろう。

 それまでは、この肥えた土を踏みしめ、人知れず愛を育み合う生き物たちと遭遇したり、果実を狙う鳥たちをのぞいたり、美しい巣をこしらえるクモの姿を眺めるために訪れるようにしよう。

 コロナウイルスの影響なのか、農業を学ぶ社会人が増えているらしい。

 沖縄の友人は、本格的に農業を学び始め、自分で畑も育て始めた。

 沖縄では畑を耕す人を「ハルサー」と呼ぶそうで、ハルサー体験ができる農地が結構ある。

 指導の先生はなかなか厳しいらしく、農業の基礎の「土壌」からたたき込まれるという。

 ある時「サツマイモを植えます」と友人が言ったら、先生から「沖縄なら甘藷(かんしょ)と呼びなさい」と叱られたそうだ。

 琉球と薩摩という歴史的因縁を知る沖縄の方ならではの、エピソードだと思った。

 土地が違えば土も違う。土の色や畑の雰囲気、育てる農作物も違う。

 先生いわく「農地は人の足音を聞いて育つ」。足を踏み入れた分だけ土地は肥えると教えられたそうだ。

 土を学び、触れ合い、種苗のルーツを知る。旧暦を大事にする沖縄で体感できるなんてちょっとうらやましい。

沖縄の友人の畑の様子は都会の私の楽しみでもある

 私は、とりあえず、父の足音が聞こえてきそうな農園からひっこ抜いてきた大葉をひと夏だけでも育て、せっせと食べよう。

 気が重くなるニュースばかりの日々、土に触れ、朝晩眺めているだけで、気分がホッとする。

 貝殻を土の上に置き、沖縄はどうなっているのか案じ、空を見上げては、生き死にする世界の人々を思う。

 遺伝子を変異させて増殖を続けるウイルスと、生存をかけて戦っている人類を思う。

 映画『ビッグ・リトル・ファーム』は、自然界の「生命の環」を気づかせてくれたし、父の最愛の楽園で見かけたミミズたちは土の大切さを教えてくれた気がする。 

 土に対する思いや理解は、地球上全ての生命への思いや理解ともつながっている。

 そんなことを妄想しながら、今日もベランダの大葉の手入れや収穫にひとり悦にいる私であった。

 (女優 洞口依子)

 映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

 2020年全国順次ロードショー(C) 2018 FarmLore Films, LLC 

 配給:シンカ

 監督:ジョン・チェスター

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