インターネットは民主主義の敵なのか

米で流布する「陰謀論」から考える【世界から】

©株式会社全国新聞ネット

11月の大統領選で対決する民主党のバイデン前副大統領を批判した際、主張の誤りを指摘されて事実確認したところ虚偽であることが露呈したトランプ大統領=7月15日、アトランタ(AP=共同)

 インターネットの普及以来、われわれの生活は大きく変わった。中でも2000年以降、急激に台頭してきたフェイスブック(FB)をはじめとする会員制交流サイト(SNS)は私たちのコミュニケーションのあり方を激変させた。

 これらの変化は当初、社会を良くするものとして捉えられていた。以前であれば、表に出ることがなかったはずの事件にスポットライトが当たり、権力の横暴が暴かれるなどしたからだ。加えて、貧困や差別など社会が抱える問題に関して人々が結集するのも容易になった。これを受け、人々は「IT民主主義の到来」と喜んだ。しかし、ここ数年は権力者が人心を操作するためのツールに使われるケースが目立ってきた。社会を変えるほどの大きな力を持つようになったインターネットと私たちはどう付き合っていくべきなのだろうか?(共同通信特約、ジャーナリスト=岩下慶一)

 ▽まん延する偽情報

 米中西部ミネソタ州ミネアポリス近郊で5月、逮捕時に白人警官から暴行を受けた黒人男性のジョージ・フロイドさんが死亡した。あまりにも理不尽なこの事件をきっかけにした人種差別反対運動が、米国だけでなく全世界に広まっている。

 人々の憤りや怒りを呼ぶ「引き金」となったのは現場に居合わせた通行人が撮影し、FBに投稿した動画だった。この動画が瞬く間に地球全体に拡散したことが、反対運動が爆発的に拡大する要因となったのだ。インターネットの影響力を改めて見せつけた出来事だった。

 一方、インターネットのマイナス面もあらわになっている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う騒動でも数々の偽情報がインターネット上にあふれた。代表例が5月4日に動画投稿サイト「YouTube」にアップされた「Plandemic」だ。

 およそ25分間の動画は次のような内容となっている。「新型コロナウイルスは実験室で作為的に作られたもので、背後にはマイクロソフト創業者であるビル・ゲイツ氏を含む黒幕が存在する…」。ドキュメンタリーの形式をとっており、もっともらしく話が進む。

 一方で「マスクをすることで病気になる可能性がある」など、とても科学的とは言えない表現があって、荒唐無稽なものだとすぐに分かる。ちなみに、タイトルの「Plandemic」は「計画を意味するプラン」と「パンデミック(世界的大流行)」を組み合わせた造語だ。

 すぐに内容を否定する数々の証拠が寄せられ、動画は5月9日に削除された。ところが、わずか6日間の間に少なくとも800万回視聴されたという。FBやインスタグラムなどでも紹介する投稿がされた。

 削除されるなど対処はされたが、タイトルを変更するなどして繰り返し再投稿されている。ワシントンDCに拠点を置くシンクタンク「ピュー研究所」は、米国人の10%が何らかの形でこの動画を視聴したとしている。

6月2日、米ニューヨークで、黒人男性暴行死事件を巡って抗議する人々(AP=共同)

 ▽米・共和党支持者の4割強が信用

 このような動画は「陰謀論動画」と呼ばれる。陰謀論とは、世の中にある出来事に関して事実と認定されている公の情報などは別に、特定の組織や人物による策謀があると主張するものだ。

 陰謀論に基づくこうした偽情報の伝わり方はウイルスの拡散と極めて似ている。情報の元を絶っても時すでに遅い。なぜなら、多くの“信者”の手を経てさまざまな形で広がり、完全に押さえ込むのは不可能に近いからだ。

 ピュー研究所の調査では、「コロナは何者かの陰謀」という情報に接した米国人のうち8%が、それは「真実」だと信じ、28%が「おそらく真実」だとしているという。また、米ヤフーニュースと世論調査会社ユーガブは共和党支持者の44%が信じているとする調査結果を公表している。民主党支持者では19%だった。

 米国のトランプ大統領もこの陰謀論をしばしば展開することが指摘されている。最近も、自身に批判的なニュースキャスターについてかつて殺人を犯したとの根拠のない陰謀論を何度も持ち出している。他に、オバマ前政権がトランプ政権をわなにはめたと主張する「オバマゲート」についても積極的にツイートしている。いずれも自身を有利にすることが目的だ。

 ▽投票結果まで左右

 トランプ大統領に限らず、権力者によるネット乱用はここ数年で顕在化し、問題となっている。代表例を上げる。英国の政治コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」がFBを舞台に行った世論操作だ。

 同社は最大8700万人分の利用者の個人情報を不正取得。16年11月の米大統領選挙では、無党派層にトランプ大統領への投票を働きかける操作を行った。さらに、同年6月に実施された英国の欧州連合(EU)離脱に関する国民投票では離脱派に協力した。結果はご存じの通り、いずれも勝利に導いている。

 これらは氷山の一角だ。SNSが選挙活動のもう一つの主戦場であることは今や暗黙の事実となっている。

 政治広告を巡って、米ツイッターは世界中で禁止している。米グーグルは検索サービスや動画投稿サイトのユーチューブなどを対象にターゲティング機能を年齢や性別などに制限している。表示を減らす機能だけだったFBも7月に入って、政治や選挙、社会問題を扱う広告の表示を止める機能を米国で開始したことを明らかにした。順次、他の国にも広げる予定だ。

米フェイスブックのザッカーバーグCEO=2019年10月、ニューヨーク(AP=共同)

 ▽「開かれたネット」は過去のもの

 今年2月、ピュー研究所は民主主義とテクノロジーの今後について、約1千人のIT専門家にインタビューした結果をまとめたリポートを発表した。

 「多くのIT専門家がデジタル世界の混乱が民主主義を破壊すると予測している」というタイトルの通り、内容は悲観的だ。

 例えば、49%の専門家が「このまま手をこまねいていれば、今後10年間で起きるテクノロジーの進化によって民主主義をさらに弱体化させられるだろう」と回答している。

 「政府がIT企業に何らかの規制をしなければ、2030年には一般市民の意見が選挙などに反映されなくなるだろう」。米国行動研究技術機構の主任心理学者、ロバート・エプスタイン氏はこんな衝撃的な予測をしている。

 技術コンサルタントのケヴィン・グロス氏も「ITは民主主義を強めも弱めもするが、現在のそれはあまりに少数の人間によってコントロールされている。この状況は30年になっても大きく変わらないだろう」とする。

 現状についてもITによって民主的な環境は失われつつあるという厳しい見方が並んでいる。

 ネット文化の論客として名高い米国の評論家ダン・ギルモア氏は「政府は監視国家を作るためにテクノロジーを乱用している。それは作家ジョージ・オーウェルが小説『1984年』年で描いた世界よりもはるかに悪い。(プライバシーを重んじる抵抗勢力もあるが)政府の侵害はそれを圧倒している」と嘆く。

 香港中文大学のロックマン・ツイ教授は「『開かれたネット』の時代は過去のものだ」と言い切る。

 少数派ではあるが、楽観的な見方もある。

 楽観論者は、現在はあくまで過渡期とした上で「新しい思想によってITによる監視・管理社会の到来は防げる」と主張する。その条件として挙げられるのは人々の問題意識やリテラシーの向上だ。

もちろん、これらがなければ現在の状況を変える力は生まれない。しかし、現実は逆方向に向かっているように見える。

 ▽「知り、疑い、考える」

 自身の注文履歴や閲覧履歴を分析されることで、頼みもしないのに好みの本や音楽などを推奨してくれる。SNSで同じ思考を持つ仲間と交流して、興味がある範囲のニュースしかフォローしない。

 こんな環境は確かに居心地が良い。しかし、どうしても受動的になってしまうのも事実だ。そして、気がつけばネット上の意見を考えることなく受け入れるようになってしまう。比例するように、政治や社会について能動的に考える意識は薄れていく。

 「知り、疑い、考える」。これが民主主義を下支えしている、と筆者は考える。その意味で、現在はまさに民主主義にとって正念場にある。陰謀論をはじめとするインターネット上の虚偽情報とどう向き合うかは、私たちの未来を左右する大切な問題でもあるのだ。