ウィズコロナ時代の観光列車

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

(上)JR九州の「或る列車」。2020年3月の長崎駅周辺高架化前、地上区間を力走していた様子=19年10月、長崎市、(下)博多駅で利用者が乗り込む前に検温する客室乗務員=今年7月15日、福岡市

 【汐留鉄道倶楽部】新型コロナウイルスの感染拡大を防ぎながら、東京発着以外を対象に7月22日に始まった国の観光支援事業「Go To トラベル」を生かして観光列車の旅へ―。JR九州は4月から運休していた人気観光列車「或る列車」を23日に博多(福岡市)―ハウステンボス(長崎県佐世保市)間で再開した。8月8日で運行開始5周年の人気観光列車の報道関係者向け試乗会で、ウィズコロナ時代のおもてなしを目の当たりにした。

 博多駅の乗車口には赤じゅうたんが敷かれ、出迎える2人の客室乗務員もマスク姿。利用者が乗り込む前に非接触型の体温計で検温する。JR九州は「検温で37・5度以上だった場合、次は接触型体温計で測定してもらい、再び37・5度以上の場合は乗車を断る可能性がある」と説明している。利用者は自宅や宿泊先を出発する前に検温し、熱がないことを確かめると安心できそうだ。

 アルコール消毒液で手指を消毒して乗り込むと、「走るベルサイユ宮殿」と呼ばれる絢爛豪華な車内空間が広がっていた。JR九州の前身の九州鉄道が明治39(1906)年に米国ブリルに発注したものの、九州鉄道が国有化されたためほぼ日の目を見なかった“幻”の豪華客車の雰囲気を再現したのが「或る列車」だ。

 豪華寝台列車「ななつ星in九州」を手掛けた水戸岡鋭治氏がデザインし、改造費に約6億円を投じたディーゼル列車は、ベースとなった旧国鉄発注のキハ47の面影は車内になかった。

 対面式の座席が並んでいるのは元のキハ47の車内と同じだ。しかし、背もたれが座面から直立したクロスシートが置かれていた空間は、テーブル席の1号車ならばメープル材を活用したソファーやいすが並び、足元には草花を描いたじゅうたんが広がる。

 豪勢なたたずまいに息をのみながら眺めていて気付いたのは、顧客のプライバシーに配慮した設計がウィズコロナ時代にも適している利点だった。1号車の通路側には街頭のようなポールが並び、その隣にはテーブルが置かれた2人用または4人用の座席を区切るついたてがある。

 一方、2号車は個室に分かれているが、ウォールナット材でできた通路側の扉は福岡県・大川組子の技術を採り入れたため風が通り、3密(密閉、密集、密接)になるのを防ぐ。

 客室乗務員が鐘を「カランカラン」と鳴らして出発を知らせると、博多駅を定刻の午後2時58分に出発した。発車すると、顔をフェイスガードとマスクで覆い、白手袋を着用した客室乗務員が席に現れて「失礼します。ご乗車ありがとうございます」と車内のことなどを案内してくれた。調理スタッフもフェイスガードとマスクを着用しており、暑いこともあって大変だろうが、感染拡大防止に細心の注意を払っている。

 「或る列車」は「JR九州スイーツトレイン」の枕詞を冠している通り、九州産の食材をふんだんに使ったこだわりの菓子を移動中に味わえるのが特色。演出を手掛けるのは、レストランやホテルのガイドブック「ミシュランガイド」東京編の2020年版で二つ星に輝いた東京・南青山のレストラン「NARISAWA」のオーナーシェフ、成澤由浩氏だ。

 今年8月30日までの金曜日から日曜日と祝日に運行する博多―ハウステンボス間は5周年を記念して運行開始時のメニューを再現しており、印象的だったのがフランス発祥の焼き菓子、サバランに鹿児島県産の黒糖、バナナ、月桃、カボスで味付けした「灼熱のさとうきび畑」と名付けたスイーツだ。

(上)フェイスシールドとマスクを着用し、白手袋をはめて接客する「或る列車」の客室乗務員=7月15日、福岡県、(下)「或る列車」の博多―ハウステンボス間のコースで提供されるメニュー。右上がサバランを用いた菓子=7月15日、福岡県

 長崎県の工房が手掛けたガラスの器に盛り付け、その下には月桃の葉を敷いてアクセントを加えた南国風の逸品に目を奪われた。試食させていただくと、実にまろやかな味わいだった。

 列車は鹿児島線から長崎線へ乗り入れ、窓外を眺めると佐賀平野の青々とした田園風景が流れていく。特急列車から幾度も目にしている車窓だが、まるで宮殿のような極上空間でくつろぎながら、見た目も美しい西洋菓子に舌鼓を打ちながら目にすると、まるでフランスの王侯たちに愛されたロワール地方を走っているように錯覚した。

 後続の特急「かもめ」(博多―長崎)の通過待ちのために肥前山口駅(佐賀県江北町)ではドアが開いたが、プラットホームに降り立った参加者は「或る列車」を一心不乱に撮影したり、眺めたりしていた。「或る列車」は人々を吸い寄せ、引き離さない磁石のような存在だ。

 列車は肥前山口駅からは佐世保線に乗り入れ、大村線を経由して定刻の午後6時にハウステンボス駅に入線した。極上の列車旅を名残惜しく感じながら車窓を眺めると、「あれはシャンボール城か」と目をむいた。

 だが、フランスのロワール川支流にそびえる荘厳な城に映ったのは、早岐瀬戸の対岸にあるホテルオークラJRハウステンボスの威容だった。“幻”をモチーフにした豪華列車は終着駅に滑り込む瞬間まで夢見心地にさせてくれ、感染防止に留意しながらもコロナ禍の日常を忘れさせてくれた―。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社福岡支社編集部次長。「或る列車」は、ディーゼル車両のグリーン車食堂車を意味する「キロシ47」という唯一無二の形式名です。

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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