クルド難民を受け入れない日本政府 収容施設で自殺を図った当事者が語るその実態

収容施設から仮放免され、日本人の妻と抱き合うトルコ出身のクルド人、デニズさん=3月、茨城県牛久市

 社会全体で、難民問題に目を向けてほしい―。紛争や迫害を理由に故郷を追われる難民や難民申請者が全世界で約8千万人(2019年末時点)に上る中、世界難民の日(6月20日)に合わせ、クルド難民を支援する市民団体がオンラインでトークイベントを開催した。欧米諸国では、多くが難民認定されているが、日本政府は1人も認定していないトルコ出身のクルド難民。どんな人たちで、なぜ日本に逃れるのか。イベントでは、入管施設に収容され、自殺を図るまで追いつめられた当事者のデニズさん(41)や、難民問題に20年以上携わる大橋毅弁護士がクルド難民の実態を語った。(共同通信=泊宗之、平野雄吾)

 ▽日本に逃れるクルド人

 「安全なこの場所で奥さんと住みたいだけ。在留資格がほしい」。デニズさんがイベントで声を振り絞りながら訴えたのは、在留資格がなく不安定な立場で暮らす現状を何とか改善してほしいとの切実な思いだった。「税金をきちんと支払い、働きたい。それだけです」

 デニズさんはトルコ最大都市イスタンブール出身のクルド人で、07年5月に日本に逃れてきた。反政府デモへの参加を理由に同年4月、警察に2週間拘束され、殴られるなどの暴行を受けたため国外脱出を決意、行き先を日本にしたのはビザ(査証)が不要で、入国が容易なためだった。08年に難民申請したが認められず、以後難民申請を繰り返す。11年に日本人女性と結婚、生活基盤は日本で整ったが、在留資格は認められず、健康保険に入れない上、働くことさえできない。

新年を祝う祭り「ネブロス」で、手をつないで踊るクルド人ら=2019年3月、さいたま市

 クルド人はトルコ、イラク、シリア、イランにまたがる地域に暮らし「国家を持たない最大の民族」と呼ばれている。総人口2千万~3千万人だが、各国では少数派だ。トルコでは、総人口の15~20%、推定約1500万人が東部や南東部、イスタンブールで生活するが、クルド語の使用が事実上、一部制限されるほか、就職で差別的に扱われるなど「2級市民」の扱いを受けている。 広範な自治要求を掲げるクルド労働者党(PKK)とトルコ治安部隊との間の武力衝突も相次ぎ、PKK関係者と疑われ、治安部隊に拘束される一般のクルド人も多い。欧米諸国に逃れ、難民としてきちんと保護されるクルド人がいる一方、日本にも1990年代初頭から来日が増え、現在埼玉県内を中心に約2千人が暮らしているとされる。欧米諸国と違い、日本政府はトルコ政府と査証免除協定を締結しており、トルコ国籍者はパスポートのみで入国できるのが来日増加の背景にある。

 日本政府は81年に難民条約に加入したが、実際の難民受け入れには極めて消極的な姿勢をとり続けている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の2018年データによると、難民認定率は、カナダ56・42%、米国35・41%に対し、日本はわずか0・25%で、先進諸国の間では文字通り桁違いに低く、「難民鎖国」との批判が絶えない。難民認定業務を担当する出入国在留管理庁は「わが国は欧州諸国と違い、シリアやイラクのような大量難民を生じさせる出身国からの申請が少ない。適切に判断しており、極めて少ないとは認識していない」と説明する。しかし、大半がクルド人とみられるトルコ出身者の難民認定率を分析すると、世界平均で45・6%(同年)だが、日本は1010人の申請を処理し1人も認定していない。「現在のトルコで、クルド人というだけで迫害される恐れはなく、個別に難民該当性を判断している」(入管庁)との説明には、疑いの目が向けられている。

 ▽独立した認定機関の設置を

 「なぜ法務省は断固としてクルド難民を認めないのでしょうか」。イベントでは、視聴者から質問が寄せられ、大橋弁護士が回答した。「法務省・入管庁は政策的にクルド難民を認めてこなかったんです。今の状況はその結果に過ぎません」

 トルコ政府はPKKをテロ組織と認定し、PKK掃討作戦を「テロ対策」として正当化している。日本の法務省や警察庁はテロとの戦いにおいてトルコ政府と協力関係にあり、クルド人を難民として認定すれば、テロ対策でトルコ政府との協力関係が損なわれかねない。大橋弁護士はそう指摘し、背景に入管庁の政治的な思惑があると強調した。

トークイベントで、在日クルド人の現状について説明する大橋弁護士=6月21日、東京都千代田区

 実際、裁判で勝訴しても難民として認められなかったトルコ国籍のクルド人さえいる。この男性=当時(30)=が難民不認定処分の取り消しを求めた訴訟で、名古屋地裁は04年4月、訴えを認める判決を言い渡した。男性はトルコでクルド人の権利拡大を訴えるデモに参加、たびたび逮捕され拷問を受けたといい、判決は「人種や政治的意見を理由に拷問を受ける恐れがある」と指摘し、処分を取り消すよう国に求めた。国は控訴したが、名古屋高裁は06年6月、控訴を棄却している。

 ところが、入管当局は男性を難民としては認定せず、人道的な配慮から在留を特別に許可し、幕引きを図った。男性にとって難民不認定は不本意だったが、裁判に疲れ果て難民認定をあきらめたという。

 入管当局は一審判決後、職員をトルコに派遣し、同国治安当局の協力を得てこの男性を含む複数の難民申請者の自宅を訪問、家族や知人に質問し渡航理由などを調べる現地調査まで実施している。

 「本人や家族が直面する危険性の増大を招いた」(国際人権団体アムネスティ・インターナショナル)

 「難民認定手続きの秘密保持などを定めた国際的基準に反する」(UNHCR)

 難民条約の趣旨を逸脱する入管当局による現地調査には、実際に国際社会から激しい非難が上がったが、そうした非難が容易に予想されても、現地調査をしてまでクルド人の難民該当性を否定しようとする姿勢に入管当局の強固な意思が垣間見える。

 大橋弁護士は、治安維持を目的に外国人を管理する入管当局が難民保護に当たること自体に問題があると指摘した。「入管当局が難民認定をする国はほとんどありません。日本でも独立した第三者機関が難民認定をするべきです」と訴えた。

 ▽働きたい

 入管当局は「全件収容主義」と称して、強制退去を命じられた外国人を必要性とは無関係に原則、入管施設に収容する。ただ、体調不良など収容に耐えられない外国人を就労禁止や移動制限などの条件で一時的に解放する「仮放免」制度を設けており、デニズさんは現在、この仮放免により一般社会で暮らしている。東京出入国在留管理局(東京都港区)や東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に断続的に収容されていた期間は16年5月から今年3月。仮放免が認められるかどうかは入管施設長の裁量で、なかなか許可の出ない収容生活に、眠れない日々が続いた。

イベントで、カメラに向かい長期収容の苦しみを訴えるデニズさん=6月21日、東京都千代田区

 「とてもつらい、とても苦しい4年だった」。デニズさんはイベントで入管施設での苦しみを語った。昨年夏以降、仮放免を求めハンガーストライキを実施し衰弱したため一時的に仮放免されたが、2週間で再収容されたこともある。無期限の収容に絶望し、首をつって自殺も図った。薬の服用を巡り、職員との口論に発展、複数の職員から暴力的に制圧された経験もあり、今もトラウマとしてよみがえるという。

https://www.youtube.com/watch?v=6K30zOULa5I

 デニズさんは声を震わせながら「今も、悪い夢をいっぱい見る。起きたら涙が出る」と振り返った。長期収容の影響で抑うつ状態と診断され、現在も精神科病院に通院する。いつかまた収容されるのではないか。そんな不安から睡眠障害も発症し薬を服用する毎日だと話した。

 入管庁は強制退去を命じられても送還に応じない外国人を「送還忌避者」と呼んでいる。しかし、デニズさんのように母国へ戻れば迫害の恐れがあるほか、日本人と結婚している場合は通常、日本でしか生活ができない。入管難民法はそうした場合に、在留を特別に許可する制度を設けているが、入管当局はこの「在留特別許可」を近年、認めない傾向を強め、送還忌避者の排除を進める。働いて妻に恩返しをしたいが、就労が禁止されているデニズさん。オンラインの視聴者に対し、カメラを見据え訴えた。

 「奥さんに誕生日のプレゼントを買いたいけど、働けないから自分で買えない。男として恥ずかしい。奥さんをとても愛している。安全な日本で、奥さんと幸せに生きたい」

 ▽難民追い込む政策

 入管庁は昨年10月、法相の私的懇談会「出入国管理政策懇談会」の下に有識者で構成する「収容・送還に関する専門部会」を設置し、長期収容問題への対策を議論してきた。だが、6月15日に発表された提言は難民申請者ら非正規滞在者を悲観させる内容となった。

 提言は、強制退去の対象となった外国人の自発的な出国を促す措置を導入する一方、送還に応じない場合には新たな命令を出し、違反者に懲役や罰金など罰則を科す制度を創設するよう入管当局に求めた。また、難民条約の原則に従い、難民申請中の外国人は現在、送還を停止されているが、同じ理由で申請を繰り返す場合に停止の例外として送還を可能にするべきだとしている。全体的に見れば、難民申請者を含む非正規滞在者をさらに追い込む提言で、外国人支援団体や弁護士らからは「憲法や国際人権法上の諸権利を侵害しかねない」(日弁連会長声明)などと批判が相次いだ。

 それでも、政策懇談会は7月14日にこの提言を森雅子法相に提出、入管庁は新たな制度設計を進める方針で、早ければ秋にも開かれるとみられる臨時国会で入管難民法改正案を提出する見通しという。

世界難民の日に、「国連ブルー」にライトアップされた東京スカイツリー=6月20日、東京都墨田区

 UNHCRの呼びかけに応じ、日本国内では世界難民の日の6月20日、東京スカイツリーなど25カ所が青くライトアップされた。難民との連帯の意思表示だ。UNHCRに多額の資金を拠出し、他国の難民保護には熱心だが、自国に逃れた難民の受け入れには消極的な日本。イベントを主催した周香織(しゅう・かおり)さんは「日本に保護を求めた難民が、迫害が待つ母国に追い返されようとしている。故郷に帰れない事情がある人たちを排除する政策が進んでいる現実を多くの人に知ってほしい」と話す。多くの市民が日本に逃れてくる難民の実態を知れば、「難民鎖国」の現状も変わるはずだ。そんな思いに突き動かされている。

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