コロナ禍の社会に求められる、対話の力で精神病を癒すオープンダイアローグ

近年日本でも注目を浴びている「オープンダイアローグ」は、フィンランド発祥の精神医療の方法論で、本人の意見を否定せず、耳を傾けて検討することで、本人の病気を癒す手法のことです。

薬が重視される現代の精神医学において、薬を使わず対話で治療するというそのシステムは驚くべきものですが、よく考えると実はこれは古くて新しいやり方であるとともに、コミュニケーションが断絶されるコロナ禍の世界において、より注目されるべきなのかもしれません。


コロナ禍で直接話し合う機会が激減

世界を覆い尽くしたコロナ禍は、人と人が接するという人間の根本的な営みを危険な行為へと変えてしまいました。私たちは他人と距離を取ることを求められ、直接人と話し合う、という機会がだんだん奪われつつあります。

しかし、人と人が対話するという行為には精神病を癒すほどの強力な力が含まれているのです。

精神医療の世界でここ数年注目を集めている方法論に「オープンダイアローグ」というものがあります。オープンダイアローグは、精神疾患の患者と医療者が対等な立場で対話を続けることで、病気を治療しようとするもので、薬による治療が重視されてきた精神医療の風潮をくつがえす潮流として、世界的に注目されているものです。

日本でも、精神科医の斎藤環先生や高木俊介先生などが紹介者となり、さまざまな場所で試みられるようになっています。

オープンダイアローグは、フィンランドの精神科病院であるケロプダス病院で、家族療法を専門とする臨床心理士であり、ユバスキュラ大学教授のヤーコ・セイックラ氏が行なってきたものが原型となっています。

斎藤環氏の著書『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)によれば、その効果は驚くべきもので、フィンランドの西ラップランド地方では、この治療法を導入した結果、統合失調症の入院医療期間は平均19日間短縮され、通常の治療を受けた患者にくらべ、服薬が必要になった患者は35%に留まったとのことです。

従来、薬が必須と考えられた統合失調症の治療において、薬を使わない対話のみによる治療法が効果を発揮したことは、世界から驚きをもって受け止められました。

議長や司会者のいない対等な対話がベース

オープンダイアローグは、「急性精神病における開かれた対話によるアプローチ」と呼ばれるように、主たる治療対象は発症初期の精神病とされています。相談依頼の電話があると、その電話を受けた人が医師であれ看護師であれ精神保健福祉士であれ、依頼から24時間以内に初回ミーティングを行ないます。

参加者は患者本人とその家族、親戚、医師、看護師、心理士など。ここで重要なのは、患者本人抜きのスタッフだけのミーティングはいっさい行なわないことです。

ミーティングには議長や司会者はおらず、本人抜きではいかなる決定も行ないません。ミーティングでは、治療者たちが患者本人の妄想を否定せず、真剣に耳を傾け、さまざまな方向から検討します。患者の苦しんできた経験を言葉で再構築し、視点を交換していくことで、しだいにポジティブな変化が患者の中に起きてくるというのです。

日本で行なわれたシンポジウムの内容を収録した『オープンダイアローグを実践する』(日本評論社)のなかで、オープンダイアローグの先駆者であるヤーコ・セイックラ氏はこのように述べています。

「早い段階からクライシスを抱えた患者と家族、ソーシャル・ネットワークが接し、しっかりサポートしていくことで、薬の量は顕著に減らすことができます。薬を使わないことに主眼があるわけではなく、患者と早いうちからオープンな関係を築くことの結果として、薬の量を減らすことができるのだ、とお考えいただければと思います。」

人と人が対話することの意味

オープンダイアローグは日本でもとても注目されていますが、実際の臨床の場での導入は、まだまだ試行段階です。しかし、薬ではなく人との対話が病気を癒すというその本質は、新しい装いをしていながら、実は昔から自然に行なわれていたものなのかもしれません。

コロナ禍により人と接する機会が減り、コミュニケーションが簡素化していく方向にあるいまだからこそ一層に、人と人が対話することの力強い意味を、あらためて確認しておくことが私たちには必要なのではないでしょうか。

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