新型コロナ「陰性なら安心」が間違いな理由 伝えたメディアの罪、首長でさえ理解不足

 

 新型コロナウイルスが、全国で再拡大している。その間「PCR検査」や「抗体検査」の言葉が一般にも広く知られることになった。しかし、テレビでさえ「陰性なら安心」と、罪のある誤情報を伝えている。実際は、どのように考えればよいのか。五本木クリニック(東京)の桑満おさむ院長に寄稿してもらった。

 

■驚きだった松井市長の発言

 「Go To トラベル」をめぐり「旅行に行く人が希望すれば無料で抗体検査を受けられる仕組みを構築したい」という趣旨の松井一郎大阪市長の発言に、筆者は驚いてしまった。抗体検査の仕組みについて、理解しているとは言えなかったからだ。

 抗体は、ウイルス感染していることを表す「IgM」と、過去に感染したことを表す「IgG」があり、抗体検査の組み合わせによって「まだ感染したことがない」「感染したことがある」「感染している」の3通りの結果が得られる。

 もし「感染している」との結果が得られたら、その人はそれまでに第三者に感染させている可能性があり、大阪市内で数週間隔離されることになる。「感染したことがある」との既往を得られても、その人が「今後は感染しない」とは言い切れないと、現時点では考えられている。また「感染したことがない」との結果であると、観光中に感染するリスクを含む。

 

■感染症学会も「推奨できない」

 現時点で知られている抗体検査の信頼性も、高いとは考えられていない。筆者が確認できただけで20種類近くの検査キットが販売されており、中には開発した会社が非開示のものさえある。日本感染症学会は、抗体検査キットは感染の診断活用には推奨できない、と公式に述べている。

 さらに、感染していることを表すIgMが陰性であっても安心はできない。国立感染症研究所の性能評価では「IgMは感染初期には陽性にならない可能性が高い」とされているからだ。「陰性だから」と安心して旅行を続けると、旅先で発症するだけではなく、感染源にさえなってしまう懸念は払拭できない。

 

■100%はありえない

 また、検査には感度と特異度という用語があり、得られた結果について考える際、理解しておく必要がある。

 「感度」は実際にウイルス感染している人のうち、検査で陽性と判定される人の割合のこと。「特異度」は感染していない人のうち、検査で陰性と判定される人の割合のことである。感度・特異度ともに100%はありえない。

 

■陽性なのに「陰性」

 検査では、全体でどれだけの割合で感染しているのかを表す「事前確率」を考えに入れる必要がある。例えば、検査対象となっている1万人のうち事前確率が1%で、感度70%、特異度99%の検査方法を使用した場合を考えてみる。

 

仮定:1万人中、感染しているのは100人(1%)。残りの9900人は感染していない。

 

 その1万人を検査したとすると、感度70%なので、感染している100人のうち70人が陽性と正しく判定されるが、30人は陰性と判定(=偽陰性)されてしまう。一方、特異度99%なので、感染していない9900人のうち9801人は陰性と正しく判定されるが、99人は陽性と判定(=偽陽性)されることになる。(図解)

感度と特異度の図解

 

■「希望者に抗体検査」が抱える問題

 新型コロナウイルスは指定感染症(31日現在)のため、感染者は原則病院などへ隔離入院となる。偽陽性(実は陰性)の99人は入院となる一方で、偽陰性(実は陽性)の30人は、通常の生活を送ることになってしまうのである。

 「希望者には抗体検査」と言った松井市長は、この偽陰性の人たちや、陰性判定された後に感染した人たちが、大手を振って濃厚接触者を増やしてしまう可能性を考えていたのだろうか。旅行者の安全を確保するには、市内の感染者が一定期間ゼロであることが必須事項ではないか。

 

■日本における感染率は

 日本における新型コロナウイルス感染率は1%程度から0.1%以下と、調査によって現時点でばらつきがあり、事前確率は明確にはなっていない。事前確率が前掲の仮定数値より低い場合は、偽陰性者は減るものの偽陽性者は逆に増える結果となる。

 

■不安煽る行政と報道

 新型感染症に対する不安を煽るのは、わかりにくい行政の発表と報道にも一因がある。

 東京都を見てみると、毎日発表される感染者数の速報値は、午前9時締め切りで都内保健所からFAXされる発生届を基に計算されている。したがって、公表される数字は、当日のものでは無いのは当然として、前日のものでも無い場合もある。医療機関で陽性を確認して、発生届を管轄保健所にFAX送信。それを集めた保健所がさらに都にFAXで報告するという仕組みだからだ。もともと速報性は無く、後日感染者数が変わるため、正しい情報は即日には得られない。

 

■1分1秒の争い、必要か

 新型コロナウイルスについて、厚生労働省はウェブサイトで詳細に伝えているようであっても、多くの人は新聞・テレビ・ネットで情報を知ることが多い。例えば、感染拡大傾向にあると考えられている東京都は、感染者数を日々発表し、メディアは速報としてその数を報道している。正しいとは言えない情報を、まるで1分1秒を争うかのように、公式発表の前に伝える必要があるのか甚だ疑問である。

 

■「正しく怖がる」

 新型コロナウイルス感染に関しては、初期から医師の多くが「正しく怖がる」ように伝えている。

 現時点で、明確な感染経路は飛沫感染と接触感染である。呼吸器を通して感染が成立する。残念ながら、ウイルスを含む飛沫を感染者が咳と共に排出した場合、市販マスクでは吸い込みを防げないとの考えが主流である。マスクは万が一、自分が感染している時に第三者へウイルスを含む飛沫を浴びせない効果に限定されている。

 

■言語道断の「せっかくだから」

 接触感染の原因は、ウイルスが付着した手指を不用意に口や鼻に入れてしまうことだ。感染から身を守るためには、こまめな手洗いや手指消毒が基本中の基本となる。

 体調が悪い場合は外出せずに数日様子を見て、就学や出社は見合わせるべきだ。「せっかく予約したから」と、無理をおして旅行するなどは言語道断である。

 

■安心への道

 新型コロナウイルスについての知見は、人類はまだ1年にも満たない。分からないことがほとんど、という事実が不安を掻き立てていることは否めない。しかし、分かっていることがごく一部であっても、「3密」を避けることや、手指の消毒といった、自身が拡散させない方法を粛々と継続していくことが、安心につながると考えられる。これが「正しく怖がる」である。(桑満おさむ=医師)

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