中田敦彦、レギュラー7本捨てYouTuberになった理由語る「テレビ、もう無理だな」

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石橋貴明が文化人、ミュージシャン、タレント、アスリートなどジャンルを問わず“話してみたい”ゲストを迎え、焚き火の前でじっくり語り合うフジテレビ『石橋、薪を焚べる』。

7月28日(火)の放送は、ゲストにオリエンタルラジオ・中田敦彦が登場し、石橋との出会いや相方の藤森慎吾との関係、昨年配信をスタートしたYouTube「中田敦彦のYouTube大学」について語った。

初共演で石橋から「10年早かった」と痛烈なひと言!?

石橋:ほぼほぼ会ったことないもんね?

中田:そうなんですよ。今日はもう楽しみで。YouTubeの収録時間を早めて。昼に撮って、スタンバイして来るっていう。

石橋:あらあら、うれしい限りで。

中田:こんな機会、ないじゃないですか。たぶん(会うのは)2度目なんですよ。

石橋:だよね。もじもじくんに?

中田:たぶん、絶対に覚えてらっしゃらないと思うんですけど、もじもじくんに出たときが、デビューして2、3年の頃でその前まで大学生だったんですよ。で、アンタッチャブルさんと出るんですよ。

石橋:アンタッチャブルと。

中田:アンタッチャブルさんは、M-1優勝した直後くらいで、もうバリッバリなんですよ。僕らより10年くらい先輩で、結構苦労して、苦労して、あれだけ実力あるのに、「もう売れる、もう売れる」で、いよいよM-1で大ブレークして。貴明さんとかもう、めちゃめちゃ笑ってて、「アンタッチャブル面白い!」と。その横で僕らプルプル震えてて。何にもできなかったんですよ。それで、終わり際に貴明さんに「10年早かったんじゃない?」って言われたんですよ(笑)。

石橋:ふっはははは!

中田:それが(笑)、俺もう、シンプルに、ぐうの音も出なくて。「本当にそうだな」と思っちゃって。

石橋:希望を持った青年の心を折ってしまったんだ、俺のひと言が。

中田:何にも間違いがないので、本当に「10年早いな」と僕自身も思って。へこんで「これもう2度と呼ばれないやつだ」と思って。そこから本当に呼ばれなかったんですよ。

石橋:(笑)。

その後、芸歴が6年目くらいになった時に木梨憲武に会う機会があり、一連の話をしたところ、笑って「そうなんだ、じゃあ、あと4年かな?」と言われたと語り、石橋を笑わせた。

中田は「もう一生会えないと思っていたら、マネジャーから連絡が来て。貴明さんの番組にと。嘘だろ!?」と思ったと今回の共演を喜んだ。

芸人たちがMCを目指す本当の理由

石橋:一回、本当に(オリエンタルラジオの人気が)ヤバいかなと思った時に、相方(藤森)がチャラ男みたいな感じでいって、(その後に)歌で当たって。「また復活してきたね」っていう。うまいこと流れっていうのができてるんじゃないの?

中田:いや、本当は定着したかったんですよ、MCとかになって。

石橋:これさ~、ホント俺、思うんだけどさ、何で?いつの時代からか、お笑いの人がみんなさ、MCをやりたがるよね?

中田:司会者になりたかったわけではないんですよ。やっぱり自分の番組持って、自分の面白いと思うことをやっている。それこそ、とんねるずさんとかダウンダウンさんとかウンナン(ウッチャンナンチャン)さんとか見ていたときに、コントやったり企画やったり好きなことやってるわけじゃないですか。やっぱり、ひな壇で出ても好きなことって、できないんですよね。

石橋:やっぱみんな今、MCなんだ、目指すところは。

中田:でも本当はみんな、とんねるずさん目指してると思いますよ。

石橋:いやいや。

中田:だって好き放題やってたじゃないですか。

石橋:あのころはお金あったしね、テレビ局にね。

とんねるずの番組を見て育ってきたという中田は、当時の番組に強いあこがれがあり、「野猿さんのようなことをやりたい」と、音楽ユニットRADIO FISHを結成、「PERFECT HUMAN」を作ったと明かした。紅白出場も果たしたが、本当は「自分の番組で(野猿のように)結成から追いかけたかった」と語った。

YouTubeを始めたのは「成り行き」

石橋:なぜそっち(YouTube)をやろうとしたの?

中田:「テレビ、もう無理だな」と思っちゃったんですね。レギュラーは7本くらいあったんですよ、その時。「どうしても自分がやりたいことができるまでにならなかったなぁ」っていうことで、辞めさせてもらって。

石橋:相方はそれに対して?

中田:相方は「まだテレビやりたい」と言っていて、僕だけ抜けていったんです。コンビのレギュラーとかも。

石橋:それで、YouTubeの道を切り開いていこうと?

中田:それも成り行きですね。その時、本を出して、書店にサイン書かせてくださいとあいさつ回りで、関東圏をぐるぐる回ってたんです。レギュラー辞めて暇だったんで。で、見たら、メンタリストのDaiGoくんの本が僕の隣に結構いっぱいあったんですよ。「メンタリストのDaiGoってだいぶ前にテレビに出てたけど、今あんまり見てないな」と思って、調べたら、YouTubeでめっちゃ売れてたんですよ。それで、真似しようと思って。ほとんど同じことやったんですよ、最初。

石橋:同じこととは?

中田:何かこう、「心理学的にこうやってやると上手くしゃべれる」とか。「芸人的にこうすると人前でしゃべるとき緊張しない」みたいなところから、似た動画を出して。ところがすぐにネタが尽きて。DaiGoくんは恋愛系のネタが多いんですけど、僕はほとんど恋愛してないんで。「ネタ尽きたな」と思った時に、カジサック(キングコング・梶原雄太)さんが、「中田、結局お前は勉強系だからやれ」みたいなことを、昔言ってくれていたなと思って。ネタ尽きて本屋に行って、世界史の本読んでしゃべったら、再生回数がドンといって。「これはやるしかない」と。

石橋:(笑)。最初は何、世界史の本を読んだの?

中田:世界史なんですよ。それこそローマ帝国とか。そしたら若い世代で僕が芸人やっているのも知らない子たちが見だしたんですよ。「何、このしゃべれるYouTuber」って言われだして。それでうわーってなって。そのあと「いける」と思って日本史やって。世界史やって日本史やったから違うことやろうと思って、それから古事記。

石橋:古事記。今日撮ったのは何?

中田:今日撮ったのは…「米中貿易摩擦」です。

石橋:(笑)。

中田は「ひたすら自分で本を選んで、本当に面白かったら紹介する」と、動画のネタ作りへのこだわりを明かし、「毎日大変だけど、うれしいです。レギュラー番組が5~6年続いてるけど、やりたいことがやれていないという時期が一番辛かったので」と回顧した。

相方・藤森はとにかくテレビに出たかったチャラ男

石橋は、相方・藤森とのコンビ結成についても聞いた。

石橋:何で組んでるの?

中田:もともと僕がお笑いがすごく好きだったんですけど、「無理だな」と思っていて。別の相方と学園祭で漫才を1回やって、そこから諦めていたんですけど。その映像を撮っていて、それを相方が大学生の時に見て、「いける」と「テレビに出よう」と。

石橋:同じ大学なの?

中田:別の大学で、同じバイト先だったんですよ。彼はお笑い一切見てなかったんですけど、「何でもいいからテレビに出たい。あっちゃんと組んだら、何か出られそう」と。ホントそのころからチャラ男だったんですよね。で、「できれば俳優がやりたいけど、おそらく無理」。

石橋:俳優は、もともとやりたいんだ。

中田:そうなんです。

石橋:(中田は)慶應大学かなんかに行ってたんだから、もう、そのままちゃんとした企業に入れたんでしょ?

中田:その選択肢もあったんですけど、まぁ~、お笑いが好きになっちゃったんですよね。

石橋:(笑)。

中田:テレビがめちゃくちゃ元気で。視聴率20%超える番組バンバン出してるし。「こっちだ」と。

それまで勉強一筋だった分、お笑いがめちゃくちゃ楽しかったと振り返る。

石橋:じゃあネタも全部自分で書いて?

中田:そうです。

石橋:相方、いいね。ほぼほぼ理想じゃん。今もう完全にその一番やりたかった役者の方にもシフトして。

中田:相方が「あっちゃんとやったら1年、2年でポン売れちゃうよ!」とかって。「そんなに甘くねぇんだよ」って。学生時代アンダーグラウンドのライブとかに出て「これ無理だな」と思っていたので。そしたら1~2年でポンと出ちゃうんですよ。「ね~?」とか言われて。「こんなうまくいくわけないんだけどな」と思っていたら番組が全部なくなって。「もうダメかな」と思って、それでも「頑張るしかない」と思ったら、今度は相方が売れる…計算外の連続ですよね。

石橋:やっぱ何か持ってるんだよね。

中田:すごいですよ。相方が売れちゃうんですもん。お笑い、見てなかったんですよ?

石橋:(笑)。

中田:本当に辛かったのは、あの時かもしれないです、実は。僕が引っ張ってると思ってたんで。バカ売れして、全部の仕事が相方に来るんですよ。僕はバーターで出るんですよ。

と相方への複雑な心境を語った中田に、石橋が「どっちかが引っ張り上げるっていうのは良いコンビなんじゃないの」と述べると…。

「 何でもできるのは、木梨憲武。やっぱりすごいですよ」

中田:とんねるずさんって、そういうのあったんですか?何か、嫉妬したりとか。

石橋:嫉妬?それこそ木梨くんは何にも考えない人だからね。

中田:へぇ~!何でもできるイメージですけどね。

石橋:そりゃ、何でもできるのは、木梨憲武のほうがやっぱりすごいですよ。「何でもできる」というので言ったら。

中田:でも、比較されたりするじゃないですか?

石橋:役割分担。 これは俺の持論なんだけど、コンビとかグループって、ソロで出てきた人以外は、2人だろうが4人だろうが10人だろうが、1人としての力がないからなんですよ。

中田:ほぇ~。

石橋:2人で出てくるやつは、やっぱ半人前なんですよ。半人前で、やっと2人で何とかなって出てきている。力があったら1人で出てこられるはずなんだよ。のちに分かれてこういうふうに今の状態になったのは、その10何年やってきた蓄えが自分の中にできてきて、1人でやっていけるようになっているけど、最初に出てきたころはないんですよ、力が。その力を、その10何年で相方も中田くんも、持ったということだよね。だけどその力を持つ前に大抵、倒れちゃうんですよ。

中田:う~ん、厳しいですね。

石橋:力尽きて、みんな。何人も戦場に倒れていくわけですよ。「あぁ、あいつあそこで倒れちゃったぞ」と。でもずっと最前線で戦っていくには、その道を突き進んで。多少、まだ撃たれますよ。撃たれるけどその傷を最小限にして、また前に進んで行くという。俺たちの前にもまだたくさんいますからね。「うわ、まだあの人歩いてる」みたいな。

中田は、噛みしめるように石橋の話に聞き入っていた。

「どこでも働ける」というコンテンツを作りたい

石橋:「これだけはやりまっせ」という、大いなる野望の一つは?

中田:海外に住みたいですよね。

石橋:え?

中田:子供の教育、英語圏で育てたいと思って。「海外に行こう」と。今、リモートワーク、コロナの自粛でスタジオ借りていたところを引き払ってステイホームで撮影していたんですけど、それでも乗り切れたので、外国行ってYouTubeやろうかなって。テレビも海外からも出られるじゃないですか。それでも「出てよ」と言われるタレントでありたいと思って。「どこでも働ける」というのもコンテンツにしたいな、と。それはやりたいなと思っています。

毎日結果が数字で示されるという、YouTubeのシビアな世界に挑戦し続ける中田の話を、石橋は「いいね」と言いながら興味深く聞いていた。