日本スポーツ界にはびこる「鉄拳制裁」 人権団体調査 2割が「暴力受けた」、性虐待も

暴力、パワハラ指導問題を巡る記者会見を終え頭を下げる柔道女子日本代表の園田隆二監督(当時、右端)=2013年1月、東京都文京区の講道館

 来年夏に延期された東京五輪開幕1年を前に、国際人権団体、ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)が「数えきれないほど叩かれて」と題した調査報告書を公表し、日本のスポーツ界に根深くはびこる暴力問題を改めて浮き彫りにした。7月20日、世界に発信された調査結果によると、25歳未満のアンケート回答者381人のうち、19%がスポーツ活動中に殴打されるなどの暴力を受けたと回答。暴言を受けた経験は回答者の18%で、性虐待を受けた人も5人いた。2013年に表面化した柔道女子日本代表での暴力、パワハラ指導問題から7年。暴力根絶の動きが国を挙げて広がり、各競技団体などで相談窓口を設置する対策を取っているが、日本の学校部活動やトップレベルのスポーツでも依然として指導現場などで虐待が根強く残る実態が明らかになった。(共同通信=田村崇仁)

 ▽「口の中が血だらけ」

 今回の調査は1月から6月にかけて、五輪・パラリンピック経験者を含めて50競技、800人以上にインタビューやオンラインアンケートで実施。報告書には、埼玉県の高校元野球部員の証言で「監督からあごを殴られ、口の中が血だらけになった」「部員の9割が暴力を振るわれていた」、プロバスケットボール選手の「暴力は千、2千、3千回とかいってるんじゃないか。歯が欠けたり、鼻血出たり」といった指導者の暴力のほか、上級生から常態化した圧力、罰としての短髪や丸刈りによる精神的苦痛、過剰なトレーニングや食事の強要、水や食事の制限などの実態が詳細に記されている。

日本スポーツ界での暴力の調査結果を公表したヒューマン・ライツ・ウオッチのオンライン記者会見=7月20日

 HRWの担当ディレクター、ミンキー・ウォーデン氏は「トロフィーやメダル獲得のために情け容赦なく殴られ、暴言を浴びせられ続けてきた証言は非常に衝撃的だった。拳で殴る、平手打ち、蹴り、物体を使っての殴打もある。こうした虐待を受けたアスリートの多くは、結果としてうつ病や生涯にわたるトラウマに苦しんでいる」と指摘。「日本では草の根とエリートスポーツの双方で旧態依然の虐待が行われている」と述べ、責任追及の在り方に統一基準がなく、追跡方法や対応を競技団体任せにしている問題点の改革を訴えた。

 ▽「治療」目的で性虐待

 米国では体操協会の元チームドクター、ラリー・ナサル受刑者が「治療」目的と偽って性的虐待したとして、五輪金メダリストら350人以上の女子選手が証言するスキャンダルが世界を震撼(しんかん)させた。同受刑者は子どもへの性虐待等複数の罪で逮捕、有罪となり、懲役40年から175年の実刑判決を宣告されたが、子どもへの性虐待は通報が少ない犯罪と言われ、問題の深刻さを正確に把握することは難しい。

体操の女子選手に性的虐待をした米国体操協会の元チームドクター、ラリー・ナサル被告(AP=共同)

 しかし今回の報告書によると、日本でもトップ選手が10代の頃、遠征先や合宿先で男性指導者から「治療」と称して体を触られるなどの被害を受けたと証言した。「(毎回)吐き気がした。あの男のにおい、手、目、顔、声、すべてが大嫌いだった」と述べている。女子プロサッカークラブのマネジャーは男性の監督が10代の選手に性虐待を行っていたことを証言しており、日本でも水面下で深い闇が存在している現状が分かった。

 ▽「バカ、アホ、カス」

 「言葉の暴力」と呼ばれる暴言では、中学バスケットボール部員の生徒が、顧問から練習中に何度も「バカ、アホ、カス」とののしられた実情を語ったという。

 18年7月に岩手県の高校男子バレーボール部員だった新谷翼さんが自ら命を絶った事件では、調査した県教育委員会の第三者委員会が今年7月、新谷さんが当時バレー部顧問だった男性教諭に厳しく叱責(しっせき)され、絶望感や自己否定の感情を強めたことが自殺の一因だったと発表した。

岩手県教育委員会の佐藤博教育長(右)に調査報告書を提出する第三者委委員長の佐々木良博弁護士=7月22日午前、盛岡市

 顧問による「一番下手だな」「使えない」などの発言が精神的に追いつめたとみられる。こうした上意下達の行き過ぎた指導は今も後を絶たない。

 ▽日本版の独立機関設置を

 暴力や暴言を指摘された指導者は、日本のスポーツ界でこれまで責任を問われたケースが数えるほどしかない。7年前に日本オリンピック委員会(JOC)や全国高等学校体育連盟など5団体が連名で「暴力行為根絶」を宣言したが、実現ははるかに遠い現実がある。

 韓国でも6月、指導者らから暴行を受けたと告訴していた女子トライアスロンの有力選手が自殺する騒動があった。

ヒューマン・ライツ・ウオッチ調査プロジェクトのパートナー団体メンバー(HRW提供)

 近年、最もよく知られたスポーツと暴力に対応する包括的な独立機関は、米国体操界での大規模な虐待事件を受けて17年に設立された「米国セーフスポーツ」だろう。初年度から相談が殺到し、既に4千件以上の申立てがあったという。

 HRWはこのほど児童虐待防止法を改正し、児童虐待の定義にスポーツでの暴行、暴言を含めるべきだと提言。日本政府にスポーツにおける虐待問題を認知して調査、処分する権限を持つ独立機関「日本セーフスポーツ・センター」(仮称)の設立を求めた。

 ▽東京五輪をレガシーに

 国際オリンピック委員会(IOC)は選手への虐待を重大事項として16年に「IOC倫理規程」を作成。18年にブエノスアイレスで開催された第3回夏季ユース五輪では「セーフスポーツ」の取り組みを本格的に導入し、ユース選手村へのセーフガード担当官を配置するなど新たな対策を進めている。

 HRWは1978年に設立され、ニューヨークに本部を置く。09年に東京オフィスが開設された。最近ではミャンマーのロヒンギャ難民、アフガニスタンにおけるタリバンによる人権侵害、LGBT問題など世界中の人権問題について調査し、厳しく指弾してきた。

東京・お台場に設置された五輪マークのモニュメント

 ミンキー・ウォーデン氏は「スポーツにおける子どもの虐待は日本だけでなく、世界的な問題。来年開催される予定の東京五輪では、子どものアスリートたちがしっかり守られ、それを東京大会のレガシーにしてほしい。スポーツをする何百万もの子どもたちを守るために日本国内の法制度を変える機会にするべきだ」と話している。

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