日本は既に「敵基地攻撃能力」を保有している

なし崩しは危険、憲法論議が不可欠

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F35Aを視察し、説明を受ける河野太郎防衛相=3月15日、青森県の航空自衛隊三沢基地

 「敵基地攻撃能力」の保有の是非を巡る議論が活発になってきた。自民党は7月31日、「相手領域内で阻止する能力」と言い方を変えた上で、政府に保有を促す提言をまとめた。8月上旬にも安倍晋三首相に提出する方針だ。議論の背景には安全保障環境の大きな変化という事情があるが、留意したいのは、保有していないはずのこの能力を、日本が既に相当なレベルで備えているということ。運用に必要なシステムも体系的に整備しようとしている。

 本来なら「専守防衛」の原則を逸脱しているかなどの憲法論議が不可欠だ。しかし、敵基地攻撃を防衛の究極手段にするとの国家意思を明確にすることもなく、なし崩し的に「能力」が整えられている。北朝鮮や中国の脅威を前に、日米同盟の強化と一体化も進む。憲法9条との乖離(かいり)は限界にきている。 (共同通信=内田恭司)

 ▽北朝鮮ミサイルの衝撃

 攻撃される前に相手の拠点をたたく敵基地攻撃能力。日本政府は保有できるとの見解に立つ。1956年の鳩山一郎首相の「『座して自滅を待つべし』が憲法の趣旨とは考えられない」との答弁が根拠だ。ただ先制攻撃との線引きが不明確で、日米安保条約に基づき日本は「盾」の役割に徹してきたこともあり、保有の意思を示してこなかった。

 ここにきて議論が再燃したのは、地上配備型の迎撃ミサイル「イージス・アショア」の計画撤回を機に、ミサイル防衛と抑止力強化の在り方を見直す必要性に迫られたからだ。

 背景にあるのは、北朝鮮のミサイル開発能力の劇的な向上だ。7月15日公表の最新版「防衛白書」にあるように、北朝鮮は低高度で変則軌道を飛行するミサイルの開発に成功。2019年5月以降、何度も日本海に撃ち込み、日本の防衛関係者に衝撃を与えた。海上自衛隊のイージス艦と航空自衛隊のレーダーはほとんど捉えることができなかったという。

北朝鮮が2019年8月に試射した「新兵器」(朝鮮中央通信=共同)

 中国もミサイル防衛が困難な極超音速滑空ミサイル「東風17」を開発し、昨年10月の軍事パレードで公開した。「一つの中国」実現を大義に、公海である南シナ海の武力による実効支配を進めるなど覇権主義的な動きを強めている。6月30日には、香港の民主化運動を取り締まる「香港安全維持法」を施行。国際約束でもある「一国二制度」を事実上ほごにした。

 尖閣諸島周辺では中国公船が日本の漁船を追跡し、管轄権の行使を誇示する「事件」も起きた。「次は台湾、尖閣だ」との警戒感が強まり、敵基地攻撃能力の保有とは別の次元でも、中国に備える必要性が論じられている。

昨年10月1日の軍事パレードで登場した極超音速滑空ミサイル「東風17」

 ▽日本版「空母打撃群」

 こうした脅威に対応する装備には、どのようなものがあるのだろうか。対北朝鮮で挙げられるのは、精密誘導弾を備えた戦闘機と航続距離を伸ばすための空中給油機、ピンポイント爆撃が可能な中長距離の巡航ミサイルや弾道ミサイルだ。

 前段は導入済みで、戦闘機を指揮・管制する空中警戒管制機(AWACS)も保有している。巡航ミサイルは、2018年12月の「防衛計画の大綱」に基づき戦闘機搭載型の導入と開発が進んでいる。もちろん、これらの本格運用には、情報の収集・分析、監視・偵察などを含めた統合システムが必要になる。

 6月29日に改定した「宇宙基本計画」は、米国と連携して、多数の小型衛星を打ち上げて精密な通信網を形成し、北朝鮮のミサイルを探知・追尾する「コンステレーション」計画の推進を盛り込んだ。自民党の防衛族議員は「これで北朝鮮のミサイルもクリアに見えるようになる」と話す。

 中国の脅威にはどう対抗するのか。2026年度導入を目指して開発が進むのは「島しょ防衛用高速滑空弾」だ。地上からロケットで打ち上げ、高度数十キロで分離後、超音速で滑空する新型ミサイル。全地球測位システム(GPS)の誘導で複雑な軌道を描けるため迎撃されにくい。尖閣が占拠された場合の奪還の切り札だが「敵基地攻撃にも転用が可能」(同)という。

 空母型のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」と「かが」は、最新鋭のF35Bステルス戦闘機を艦載するために全面改修される予定。新型のイージス艦や護衛艦、潜水艦も続々と就役しており、「攻撃型空母」を中核とした事実上の「空母打撃群」を日本も持つことになる。  

 また、三井造船などは防衛省への提案を目指す将来輸送艦の設計をまとめた。2万トン規模の強襲揚陸艦で全長210メートル。248メートルのいずも型より一回り小さいが、外見は同じ空母型だ。178メートルの輸送艦「おおすみ」型3隻との代替が取り沙汰されている。

F35B戦闘機と護衛艦「いずも」=上は2017年11月、下は同年5月撮影

 ▽レガシーづくり

 最新鋭のステルス戦闘機群、宇宙を利用した精緻な探知・管制システム、対空火力網を突破できる超高速滑空弾、2編成からなる空母打撃群、「日本版海兵隊」の中心となる強襲揚陸艦部隊―。これらは、敵の基地や設備を攻撃したり、部隊を排除したりする能力を備えるハイレベルな装備だ。

 これまで、敵基地攻撃は「急迫不正の侵害」を受けることが明白で、他に手段がない場合に、過剰な打撃とはならない範囲なら憲法上許されると解されてきた。2003年に当時の石破茂防衛庁長官は、日本への攻撃の意思表示と準備行為があれば、攻撃着手であり「敵基地攻撃は可能」との見解を示している。

 だが、明確な意思表示がない場合もある。移動式発射台からのミサイル攻撃であれば、探知するのも難しい。そうした状況で、急迫不正の侵害が迫っているとして攻撃することは専守防衛の原則に反することはないのだろうか。何よりも、こうしたハイレベルの装備が憲法9条に照らして、自衛のための「必要最小限度の範囲内」にあると言えるのか。

 攻撃対象の問題もある。ミサイル発射台だけでなく、司令部やレーダーなどの後方施設も含まれるのか。河野太郎防衛相は7月9日の参院外交防衛委員会で「個別具体的に判断する」として明確にしなかった。攻撃を受けた後に反撃する場合、相手国への直接的な反撃はどこまで許されるのだろうか。

今年7月9日の参院外交防衛委員会で答弁する河野防衛相

 結局、全ての線引きがあいまいなままだ。しかし、政府は自民党の提言も踏まえ、地上イージスに代わるミサイル防衛の在り方とともに、敵基地攻撃能力の保有について集中的な議論に着手する。年内にも外交・安保政策の長期指針「国家安全保障戦略」、防衛力整備の指針である防衛大綱と「中期防衛力整備計画」を改定する構えだ。

 実は18年の防衛大綱改定で、政府は、敵基地攻撃能力の保有について明記を見送っている。自民党は求めたが、韓国などの強い反対があった。今回盛り込まれれば、日本の安保政策は大きな転換点を迎える可能性がある。安倍首相は「敵基地攻撃能力の保有を明確にして、それを最後のレガシーにしようとしている」(政府関係者)との指摘もある。

 ▽真正面からの憲法論議を

 これまで歴代の政権は、実態として敵基地攻撃能力を保有していながら「保有していない」との立場を貫いてきたと言える。安倍政権が抑止力の強化を狙い、名実ともに保有に踏み出せば、先のハイレベル装備の整備計画は一気に進むだろう。

 米国が担ってきた「矛」の役割を担うだけでなく、集団的自衛権行使の一部容認により加速した自衛隊と米軍の「一体化」がさらに進むのは間違いない。

 トランプ米政権は、在日米軍の駐留経費の日本側負担について、現在の4倍となる年間80億ドルへの増額を求めている。日本政府内では「法外だ」と反発する声と同時に、米側の狙いについて、世界的な米軍再編などの一環として「空母打撃群の運用費や、核による拡大抑止力の維持費の一部を負担させるつもりではないか」(政府関係者)との見方が上がっている。

 その指摘を踏まえるならば、日本政府は敵基地攻撃能力を整備することによって、米国の要求に応えようとしていると読むこともできる。米国の空母打撃群や核戦力への直接負担はできないが、日本独自の打撃力や抑止力を強化することで、アジア太平洋地域における米国の負担を減らそうというわけだ。

 日米間の役割や負担の見直しは、米国による中距離弾道ミサイル配備計画にもつながりうる。米国は昨年7月、ロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄し、日本を含む極東への中距離ミサイル配備計画を表明した。敵基地攻撃能力を巡る議論の中で、自衛隊による地上発射型ミサイルの配備に強い批判が出た場合、代わりに米国が新型の中距離ミサイルを在日米軍基地に配備し、日本の敵基地攻撃能力を補完する展開もあり得る。

 忘れてはならないのは、敵基地攻撃の議論が専守防衛原則や必要最小限度の実力という枠を超える可能性があるなら、憲法論議を避けては通れないということだ。憲法の枠内に踏みとどまるのか、それとも真正面から改憲を提起するのか。9条改正は困難なので、うやむやにしたまま枠の外に踏み出そうとするなら、必ずや禍根を残すことになる。

昨年5月の訪日時に安倍首相と護衛艦「かが」に乗艦したトランプ米大統領=神奈川県横須賀市