東京五輪の観客削減容認、日本のファンのみは「NO」 IOC最古参パウンド委員インタビュー

東京五輪のメインスタジアム、国立競技場前の五輪マークの モニュメント

 国際オリンピック委員会(IOC)で最古参のディック・パウンド委員(78)=カナダ=が共同通信の電話インタビューに応じ、新型コロナウイルス感染拡大で来年夏に史上初めて延期された東京五輪で検討すべき簡素化について、観客削減を支持した上で「日本のファンのみで実施するとすれば五輪の本質ではない」と指摘した。1978年から委員を務め、東西冷戦下のボイコット騒動や商業化路線に転じた五輪の栄枯盛衰を知り尽くした幅広い経験から「東京は2021年開催が残された唯一のチャンス」と述べ、再延期を否定。24年パリ大会と28年ロサンゼルス大会を4年ずつ繰り下げる究極的な選択肢にも否定的な見解を示した。(共同通信=田村崇仁)

 ―IOCのバッハ会長が7月17日の総会で東京五輪に向けて「複数のシナリオ」を準備していると指摘した。再延期や無観客開催もあるのか。

 再延期はできない。これはかなり明確だ。東京五輪の21年開催は残された唯一のチャンスだと思う。コロナの収束は見えないが、大会の実現は不可能ではない。

IOC委員のディック・パウンド氏=カナダ・モントリオール(ロイター=共同)

 ―バッハ会長は簡素化で観客削減も「シナリオの一つだ」と認めた。

 大会の効率的な運営の改革に向けて新たな五輪モデルを検討する上で良いアイデアだと思う。ただアスリートが観客と一体になって盛り上がる五輪の本質的な側面を度外視した話でもある。

 ―海外の観客を入れず、日本のファンだけで実施するという可能性は。

 これはある意味、IOCが理解する五輪の姿ではない。五輪は世界から人々が集結することに意義がある。1年後、渡航制限がどうなっているか分からないが、国ごとに科学的根拠に基づいて決断する必要があるかもしれない。世界の航空会社の状況や経済不況の状況も見えず、リスクの再評価が求められる。

東京五輪のメインスタジア ム、国立競技場。左上は新宿の高層ビル群

 ―IOCは東京五輪開催可否の判断をいつまでにするべきだと考えるか。

 非常にいい質問だが、週単位、月単位でコロナの状況に適応する必要があり、1年前の7月の時点で回答するのはほぼ不可能だ。6カ月後、8カ月後に何が起こるか誰にも分からない。IOCや大会組織委員会は、最善の方法として参加者全ての安全を第一に準備を進めるしかない。世界保健機関(WHO)と連携してリスク管理を徹底し、公衆衛生の面で危険度が高ければ、われわれは開催を推薦しない。

 ―開閉会式の簡素化についてはどうなのか。

 近年の五輪で象徴的な開会式はショービジネスやテレビ放送権が絡んでエンターテインメントの要素も大きい。しかし全体的な価値を落とすことなく、規模を縮小する方法はあるはずだ。

 ―東京大会はこのような困難な時代に、コスト削減と安全かつ効率的な運営を検討している。

 大会の簡素化に向けて200項目を超える検討事項がある。コスト削減には何が必要か必要でないか。これから短期間で新たな五輪像を定め、対応策を柔軟に決めていかなければいけない。

東京スカイツリーの天望デ ッキに映し出された「東京2020+1」の文字

 ―延期に伴う追加コストはIOCが半額負担すべきとの意見もある。

 IOCは五輪運動に支援する立場なので、そのような資金を基本的に持っていない。収入の大半はテレビ放送権だが、そのうち9割近くは各国・地域の国内オリンピック委員会(NOC)や国際競技連盟(IF)、五輪各大会の組織委員会、発展途上国の選手やコーチに分配されている。

 ―22年北京冬季五輪へのコロナの影響や政治問題をどう捉えるか。

 パンデミック(世界的大流行)がアジア大陸で継続して東京五輪が仮に中止となれば、半年後の北京五輪にも影響するだろう。さらに政治的なボイコットの側面は現実の課題に直面している。時代をさかのぼれば08年北京五輪の時も人権問題で多くの国がボイコットをちらつかせた。現在の状況はより深刻だ。

 ―最近は人種差別の抗議活動がスポーツ界にも広がり、五輪会場で政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じる五輪憲章第50条の撤廃をIOCに求める動きもある。

 このルールは本来、明確に平和を目的にしたもので、アスリートと意見交換して理解してもらう必要がある。大会期間中に会場や表彰式でアスリートが政治的なメッセージや抗議活動で訴えることは望ましくない。アスリートの発信は止めないが、バランスが必要。何らかの解決策を探っていくことを期待する。

ディック・パウンド氏

 ―ロシアのドーピング問題、招致疑惑、感染症対策など、さまざまな課題を抱える五輪の将来をどう考えているか。

 平和の祭典である五輪を開催する意義は今も揺るぎなく残っている。国際大会はさまざまな競技で実施されているが、五輪はやはり特別な存在だ。単なる世界選手権の集まりではない。コンセプトは普遍的な魅力があり、スポーツ界は困難を乗り越えて団結する方法を見つけるだろう。

 ディック・パウンド(カナダ)60年ローマ五輪で競泳男子100メートル自由形に出場。78年に国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任し、マーケティング委員長、理事、副会長など要職を歴任。元カナダ・オリンピック委員会会長。世界反ドーピング機関(WADA)の初代委員長、ロシア陸上界の組織的なドーピング問題を調査したWADA第三者委員会の責任者も務めた。弁護士。78歳。

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