『バケモンの涙』歌川たいじ著 最強の世間知らずの成長物語

 一気呵成である。そのように見える。前途多難な夢を抱き、けれどその「多難」をよく理解していないものだから、躊躇なくただただ邁進する主人公。彼女をそこまで駆り立てたものは何だったのかが、本書では綿密に描かれる。

 ときは戦時中。主人公「トシ子」は19歳の学校教師である。古くから続く名家の生まれで、使用人たちに「いとはん(お嬢さん)」と呼ばれて大切に大切に育てられた。そのことが、彼女の心に、動かしがたいコンプレックスとして居座っている。

 物語は、彼女の一人称語りで進んでいく。学校では、飢えに飢えた子どもたちが、皮膚病などの症状を悪化させながら、けなげに日々を送っている。飢えで亡くなる子どもも少なくない。米や雑穀が配給されても、それを炊くための燃料がないので、生で口に入れるしかない。胸を痛めるトシ子。そんな彼女がある日、少ない燃料で雑穀を消化の良い菓子にすることができる機械のことを知る。いわゆる「ポン菓子」製造機である。彼女は、一刻も早くそれを作らねばと思う。ただその一心で、生まれ育った大阪を出て、鉄の鋳造技術を求めて北九州へ渡る。

 彼女を邁進させたもの。それは、飢えに苦しむ子どもたちの姿だ。世間知らずの「いとはん」が、世間知らずを大いに発揮させて、世間を知ってる者には思いも寄らないような、大胆な行動に出まくって計画を前進させる。粗野な振る舞いを見せる職工たちを、その熱量で味方につける。

 その過程と並行して描かれるのは、無意味で無残な戦争だ。大阪で空襲に遭い、人が命を落とす姿を目の当たりにしたトシ子は、大いに憤る。その怒りもまた、彼女の原動力となる。

 本書は「前途多難」を克服していくサクセスストーリーでありながら、「いとはん」らしくしていなさいと育てられた主人公が「自分らしい生き方」を掴むまでの物語でもある。「自分らしさ」って何のことだかわからないすべての人へ贈りたい一冊だ。

(光文社 1500円+税)=小川志津子

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