「黒い雨」訴訟

 専門用語が多用され、ひとつの文章が長々と続き、言い回しは不必要に古めかしく…裁判の判決文はひと昔前まで「悪文」のお手本として、しばしばやり玉に挙がることがあった。勝ったのか負けたのか分からん-取材で当事者の片方からそんな言葉を聞いたこともある▲広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」による健康被害を巡り、国が線引きした援護区域の妥当性などが争われた裁判、一昨日の広島地裁判決は極めて明快だった▲判決は、援護対象区域の設定を「混乱期の乏しい資料による概括的な線引きにすぎない」と素朴に疑い、この線引きが疑わしい以上、それに依拠してなされた被爆者手帳の不交付にも疑問が残る、だから処分は取り消す-と原告側の主張を自然な論理構成で認めた▲「黒い雨による健康被害は科学的に証明されていない」との反論は「それは線の内側も同じ」と退けた。この言葉選びが適切かどうか、と迷いながら書くのだが、紛れもない“満額回答”▲被爆地域を巡る裁判の悲しさは、それまで当事者と手を携えてエリアの拡大を要請してきた地元の県や市が被告席に座ることにもある。広島の被告は判決をどう聞いたか▲原告の願いはおそらく一つだろう。〈控訴しません〉-文字で書けばたった6字の、政治の決断である。(智)

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