コロナ禍の状況をいち早く反映した作品も:「日産アートアワード2020」展が開幕

日本のアーティストをグローバルな視点で選抜し、海外のアートシーンでのプレゼンスを高めることを後押しする。そして日本の現代アートの軌跡を後世に残し、人々がアートに親しむ社会をつくることを目的に行われてきたのが、現代美術のアワード「日産アートアワード」だ。

現代社会を瑞々しい感性で鋭く見抜き、特に過去2年間の活躍が目覚ましかったアーティストに贈られる本賞。これまで宮永愛子、毛利悠子、藤井光がグランプリを受賞し、ファイナリストには秋山さやか、小泉明郎、鈴木ヒラク、西野達、ミヤギフトシ、横山奈美、米田知子ら国内で活動するアーティストが名を連ねてきた。

2013年より隔年で行われてきたが、今年は横浜トリエンナーレと時期を合わせ2020年に開催。トリエンナーレ会場近くの「ニッサン パビリオン」にて展示される、風間サチコ、土屋信子、潘逸舟、三原聡一郎、和田永のファイナリスト5名の作品をコメントとともに紹介していく。

作品に込めたアイロニーとユーモア

会場に入りまず人々を出迎えるのは、風間サチコの《ディスリンピック 2680》(2018)。世の中の理不尽に対する憤りを制作モチベーションへと転化してきた風間は、古書や思想書、ときに漫画などを入念に研究・解釈しながら、歴史的なテーマを木版画によって現代の文脈へ接続してきた。風間は本展を受け、オリンピックや万国博覧会などの国家的祝祭にまつわる歴史や、近代化を象徴する思想やモニュメントをリサーチ。国立競技場がモチーフの《COUNT ZERO》(2020)、新紙幣をトレースした《¥=∞》(2020)、日産のパビリオンや資本主義などをテーマとした《PAVILION-地球のおなら館》(2020)など、アイロニーとユーモアに富む作品が並ぶ。

展示風景より、風間サチコ《ディスリンピック 2680》(2018)
展示風景より、風間サチコ《ディスリンピック 2680》(2018)

風間は次のように話す。「全体のテーマは“負のレガシー”です。令和で人々ががんがんと前に進むなか、あえて踏みとどまり、平成とコロナ禍以前の宿題をこなしてから前に進もうというメッセージを込めています。《ディスリンピック 2680》は、2013年に東京オリンピック開催が決定した直後から構想したものですが、コロナ禍でオリンピックの延期が決定した今、当初より異なる感覚が付加されていくように思います。無観客時代、ソーシャルディスタンス、そしてコロナウイルスなど、作品から見て取れる不吉なイメージの重なり合いを楽しんでください」。

無主物としての「水」

いっぽう、自然とテクノロジーを融合させた表現を行ない、音、泡、放射線、虹、微生物、苔、気流、電子などの多様な対象を扱ってきた三原聡一郎は「水」をモチーフに新作《無主物》(2020)を制作した。天井と床に設置された装置により、空気中の水分子は氷、水、水蒸気の推移として可視化されている。作品の一部には苔が置かれ、発生した水を得て会期中に育っていくという。タイトルの《無主物》とは、法律用語で「所有者のない物」を指す。

三原聡一郎と《無主物》(2020)

「2年ほど前から、水を使った作品制作を着想しました。調査の過程で、アフリカでは空気中の水蒸気を集める給水システムが使用されていることを知り、このシステムの構造を作品に活用しようと思いました。水は地域や政治の問題に結びついていますが、この作品では純粋に水そのものに向き合いたいと思った。作品を構成する木材も、水と太陽で育った素材という理由から採用し、釘を用いていません」。

イメージゲームのように楽しむ

複数の作品を会場に置き、ひとつの作品を構成するのは、ウールやシリコン、鉄の破片、綿、プラスチックなど、身近なものや拾い集めた廃材を組み合わせ、未来都市のような彫刻を手がける土屋信子。本展の新作《Mute-Echoes Mute-Echo, Breve, Repeat, Creotchet, Key, Rest, Sharp, Quaver》(2020)にて土屋は、テーマをあらかじめ設定して制作せず、昨今のパンデミックにより揺らぐ社会や日常、それによって生じる自身の心理的な変化を可視化することを試行している。

作家自身が「イメージゲームのように、見る方々が自由に想像して楽しんでもらえると嬉しい」と話す本作は、それぞれが異質で独立した世界観を持ちながらも、互いに調和しながら存在している。

展示風景より、土屋信子《Mute-Echoes Mute-Echo, Breve, Repeat, Creotchet, Key, Rest, Sharp, Quaver》(2020)

世界を旅する「作品概念」

本展で唯一、「音」や「演奏」にフォーカスした作品を発表するのが、オープンリール式テープレコーダーやブラウン管テレビなど、本来の役割を終えた電化製品と現代のテクノロジーを融合させ、新たな楽器や奏法を編み出してきた和田永。

本展では、和田が近年取り組んできた古家電を楽器化するアートプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」の次なる展開となる「無国籍電磁楽団:紀元前」(2019-)を展示している。異なる5つの場所に暮らす、互いに会ったことのない人々が、それぞれの場所で古家電を見つけ、楽器として組み立てて演奏に挑戦する映像と、それら楽器の考え方やつくり方をまとめた「電磁楽器手引書」によって構成。

展示風景より、和田永「無国籍電磁楽団:紀元前」(2019-)

自身にとって次なる挑戦となる本作について和田は「図らずも旅が容易にできない今、『作品概念』が世界各地を旅することで新たな音が生まれています。これは離れ離れの中で始まっていく小さな物語です。その中で可能な多重奏や、やがていつの日か実際に会って『無国籍電磁音楽』をオーケストレーションする未来像に向けての第一歩となります」とコメントを寄せている。

地球規模の変化のなかで

展示の最後を飾るのは、潘逸舟によるモニュメンタルなインスタレーション作品。幼少期を上海で過ごし、その後、青森に拠点を移した潘は、自らの経験と向き合いながら社会が生み出す様々な境界や、その狭間で翻弄される身体の戸惑いを可視化してきたが、本展では、海に囲まれた日本に多くある消波ブロックをモチーフとしたインスタレーション《where are you now》(2020)を展示。消波ブロックは災害時や遭難時に用いられるエマージェンシーシートで包まれており、空間で堂々たる存在感を放つ。その消波ブロックを中心に映像作品が並置されるスタイルだ。

展示風景より、潘逸舟《where are you now》(2020)

「移動できず、オンラインでのやりとりが増え、人々の距離が均等化されていくなかで自分の身体を考えるようになりこの作品が生まれました。映像作品のひとつでは、海に漂流する消波ブロックの様子を収めていますが、これは海に旅立っていくことと未知への旅立ちを重ね合わせています」。空間全体には波の映像がプロジェクションされており、移動、あるいは地球規模の変化に伴う数々の混乱の中で居場所を失った無数の人々の存在を喚起させる。

奇しくもコロナ禍中での開催となった本アワードは、コロナ以降の時勢をいち早く反映した作品が集まる展覧会でもある。グランプリは誰の手に渡るのか? ヨコトリとあわせて訪れることをおすすめしたい。

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