<レスリング>【担当記者が見たレスリング(13)】今はオンライン取材だが、いつの日か発信力を取り戻してほしい…牧慈(サンケイスポーツ)

(文=サンケイスポーツ・牧慈)

浜口道場での浜口さん。人生訓をしっかり教えてくれた

 2003年5月某日の昼、私は妻と東京は浅草にあるアニマル浜口トレーニングジムの2階にあるマットの上にいた。普段は浜口京子選手たちが汗を流している道場である。数日前に結婚式を挙げていたのだが、浜口会長夫妻からお祝いの品をいただいたので、お礼に寄らせていただいたのだ。

 まだ練習生も来ていない時間帯で、2階には浜口会長ただひとり。壁にはひときわ大きな「氣合」の文字を中心に、浜口会長が書物などから感銘を受けた格言や大事にしている言葉がびっしりと書かれている。テレビなどでもすっかり有名になった光景だ。

 吉田松陰の言葉から、「人は泣くんだ」などの簡潔なメッセージまで、私たち夫婦だけのためにほぼ1時間、ノンストップでそれらの言葉の持つ意味を熱いアクション付きで語り続けていただいた。今でもテレビでアニマル浜口会長の姿を拝見すると、夫婦でこの時のことを思い出している。

 つい長々と書いてしまったが、思い返せば運動部に配属されて初めての出張が茨城・高萩市でのレスリング取材だった(1992年バルセロナ・オリンピック第1次選考会)。それなのに、帰りの電車の中では太田章選手らに缶ビールとおつまみを勧められ、本田多聞選手らのちにプロレスへ進む選手もいて、車内はやたらと明るい雰囲気。初めてのスポーツ選手との交流は、新人記者にはうれしい経験だった。

感染防止のためオンライン取材は仕方ないが…

 レスリング担当といっても、新聞社の場合、プロ野球の番記者のように年がら年じゅう張り付いているわけではない。にもかかわらず、合宿地で一緒に温泉につかったり、酒席をともにしたりと、レスリングの取材はとても〝密〟だった。

担当記者が催した2004年アテネ女子チームの鈴木光監督(後方左側)の慰労会。右端が筆者

 女子がオリンピック種目に採用され、吉田沙保里選手らがメダルを獲得する瞬間を取材できた私などは、幸せに〝八田イズム〟を体感できた方なのだろう。オリンピックからレスリングが除外されそうになった騒動(2013年)などの時は、すでに現場取材から離れていた。

 ひるがえって、今年に入ってのコロナ禍である。プロ野球の取材もサッカーの取材も、選手に話を聞くのはオンラインだ。大相撲の7月場所もオンラインでの取材である。負けると取材に応じない力士も多いそうだが、それに食い下がって話を聞き出そうとするすべもない。

 大会が軒並み中止になっているレスリングも、いずれは再開されるだろうが、新型コロナウイルスの感染者が再び増えている状況を鑑みると、取材はオンラインが中心となるのは間違いない。感染のリスクを考えれば当然である。

関西でも開催してほしい全日本選手権級のビッグイベント

 一方で、若い記者が選手の人柄に直接触れる機会は減る。今の時代、SNSをうまく活用して自ら発信する選手もいるだろう。ただ、SNSが不得手な選手もいる。そうした選手の活躍や言葉を伝えるのも記者の役目だと考える。

2018年7月、大阪・舞洲アリーナで行われた全国少年少女選手権。シニアのメジャー大会が西日本で行われることは、最近ではほとんどない

 取材者とのコミュニケーションに積極的なのが、日本レスリング界の伝統だ。いつかまた取材環境が変わり、レスリングの発信力が発揮される日がくることを信じたい。

 発信力といえば、もうひとつ。大阪本社に転勤後に痛感していることは、関西にいるとレスリングの取材に携わることがないことだ。レスリングのビッグイベントといえば全日本選手権と全日本選抜選手権だが、いずれも会場は東京の代々木競技場第2体育館か駒沢体育館。シニアの全国大会が関西で行われることは皆無である。

 陸上競技やフィギュアスケートのように、全日本選手権の会場が毎年変われば、関西でも見られるかもなぁ、と思ってしまう。数年に一回、東京以外で開催するのでもいい。地方でもトップレベルの選手が出場する大会に触れる機会があれば、競技の普及にもつながると思われるのだが。

牧慈(まき・あつし) 1967年、神奈川県生まれ。神奈川・栄光学園高~上智大卒。1991年、産経新聞社に入社し、サンケイスポーツに配属。オリンピックは1996年アトランタ大会など夏季2大会、冬季2大会を現地取材。大相撲やプロ野球も担当し、2014年から大阪本社で運動部デスク。先日、愛犬(ミニチュアシュナウザー)が亡くなったばかりで傷心中。

担当記者が見たレスリング

■7月25日:IOCに「認められる」のではなく、「認めさせる」の姿勢と誇りを…森田景史(産経新聞)
■7月19日:弱さを露わにした吉田沙保里、素直な感情と言葉の宝庫だったレスリング界…首藤昌史(スポーツニッポン)
■7月11日:敗者の気持ちを知り、一回り大きくなった吉田沙保里…高橋広史(中日新聞)
■7月4日: “人と向き合う”からこそ感じられた取材空間、選手との距離を縮めた…菅家大輔(日刊スポーツ・元記者)
■6月27日: パリは燃えているか? 歓喜のアニマル浜口さんが夜空に絶叫した夜…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月20日: 父と娘の感動の肩車! 朝刊スポーツ4紙の一面を飾った名シーンの裏側…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月13日: レスリングは「奇抜さ」の宝庫、他競技では見られない発想を…渡辺学(東京スポーツ)
■6月5日: レスラーの強さは「フィジカル」と「負けず嫌い」、もっと冒険していい…森本任(共同通信)
■5月30日: 減量より筋力アップ! 格闘技の本質は“強さの追求”だ…波多江航(読売新聞)
■5月23日: 男子復活に必要なものは、1988年ソウル大会の“あの熱さ”…久浦真一(スポーツ報知)
■5月16日: 語学を勉強し、人脈をつくり、国際感覚のある人材の育成を期待…柴田真宏(元朝日新聞)
■5月9日: もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)
■5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)

 

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