松田聖子「SQUALL」迫力満点のヴォーカル、デビューアルバムにして規格外! 1980年 8月1日 松田聖子のデビューアルバム「SQUALL」がリリースされた日

アイドルらしからぬアルバムジャケット、聖子ちゃんカットじゃない!

そもそもジャケットからして規格外だった。
スコールに当たった後なのだろう、髪が濡れていてあの聖子ちゃんカットを見ることが出来ない。一目で誰とは分かり辛く、アイドルのデビューアルバムのジャケットとしては異色と言うしかない。

両手で多少隠されてはいるが、裏ジャケットにようやく聖子ちゃんカットの松田聖子がいる。ホッとした聖子ファンは決して僕だけではあるまい。

ジャケット上部のタイトルとアーティスト名のアルファベットも語尾に行くに連れ文字間隔が開いていくという、やはりアイドルのアルバムらしからぬ表記になっている。

It was 40 years ago today.
1980年の今日8月1日、松田聖子のデビューアルバム『SQUALL』がリリースされた。4月1日に「裸足の季節」でデビューしてから4か月、7月1日にセカンドシングル「青い珊瑚礁」がリリースされてから1か月。この2曲も収められた。

『SQUALL』はそのジャケット通り、アイドルのデビューアルバムとしては規格外の一枚だった。そして松田聖子が最もロックンロールしたアルバムでもある。

3人のアレンジャーを起用、アルバムをまとめた若松宗雄

『SQUALL』は全曲を三浦徳子が作詞し、小田裕一郎が作曲している。小田は、1979年のサーカスの名曲「アメリカン・フィーリング」を作曲したことで、CBSソニー(当時)のプロデューサー若松宗雄によって起用された。若松は松田聖子の魅力を見出し福岡・久留米から上京させデビューさせた、まさに聖子生みの親。本当は巨匠・筒美京平に作曲を依頼したかったが順番待ちで叶わなかったそう。小田は見事その期待に応え、このアルバムにも実にヴァリエーション豊かな10曲を提供する。似た曲は2つと無い。

そして編曲は3人。曲のヴァリエーション感は、やはりこの3人に負うところも大だと思うが、同時に、夏の南の海をテーマにしたアルバムの確たる統一感をも生み出している。

これは3人の実力と、そしてこの3人を起用し、そしてまとめ上げた若松の力量によるところが大きいであろう。

レンジの広い信田かずお、サンバ、ドゥーワップ、歌謡ポップス…

A面の冒頭2曲「~南太平洋~サンバの香り」と「ブルーエンジェル」の編曲は信田かずお。A面5曲めであり松田聖子デビュー曲である「裸足の季節」のアレンジャーだ。この原稿を書くにあたって初めて知ったのだが、信田の起用は小田の推薦だったそうだ。

1曲めは曲名にもある通り、独特な低い音色のトロピカルなエレピが印象的なサンバ。少し重みのあるサウンドは湿気までも感じさせる。続く2曲めはがらっと変わり、サックスとコーラスをフィーチャーしたドゥーワップ。この年の春に大ヒットしたシャネルズの「ランナウェイ」が意識されたのだろう。

この2曲だけでも全く趣が異なる。しかもアレンジが洋楽的。見事な滑り出しであり、信田はその役割を十分に果たした。ちなみに「ブルーエンジェル」は本田美奈子も『スター誕生!』の決戦大会で歌ったそう。

信田はB面4曲めの「九月の夕暮れ」も編曲。ストリングスを軸に、一転、このアルバムの中で最も “歌謡ポップス” しているアレンジを聞かせ、前の曲「青い珊瑚礁」まで続いた夏を一気に秋にシフトチェンジさせることに成功している。アウトロもアイドルの曲の様にスパッと終わり思わずニヤリとしてしまうが、信田のレンジの広さがよく分かる。

攻めまくる大村雅朗、ロックンロール松田聖子!

3曲め「SQUALL」。イントロは無いが歌い始める前に大きなブレス(息を吸う音)。こんなに胸ときめいた“イントロ”はなかなか無い。エレピとヴォーカルだけのスローで静かな歌い出し。そこから一転、雷の様なドスンドスンとしたアレンジでロックが始まる。ホーンやストリングスも大々的にフィーチャー。

この曲のアレンジャーはB面3曲め「青い珊瑚礁」の大村雅朗。山口百恵の「謝肉祭」のアレンジで若松に見出された新進気鋭の大村は遠慮無くロックしていく。「♪ Oh,スコール」の部分でのこだまの様なエコーとダブルヴォーカル、これは小田の発案らしいが、サビで左右に分かれるダブルヴォーカル、名ギタリスト松原正樹のソロを大胆にフィーチャーしたストリングスも劇的な間奏。攻めっ攻めだった。

松田聖子のヴォーカルもそれに呼応するが如く攻めてくる。吠えるとも称される高音は言うまでもないが、このアルバム全体に通じる、意図してか否かビブラートのかかる低音がまた印象的だ。「♪ 砂が燃えるわ」「♪ 海が燃えるわ」は特に聴きもの。

これほどジャンプ感のある松田聖子のロックナンバーは無い。40年経っても胸躍る。アルバムタイトル曲がこのクオリティ。3曲めにして『SQUALL』は勝利を握りしめたも同様だった。

大村はB面1曲めの「ロックンロール・デイドリーム」と5曲めでクロージング・ナンバーの「潮騒」も編曲。前者ではロック担当とばかりピアノとホーンとコーラスをフィーチャーしたゴージャスなロックンロールを聞かせ、後者では一転、抑制された音数の少なめなアレンジでしっとりと聞かせる。この曲はラジオ番組『松田聖子 夢で逢えたら』(1981~83年)のエンディングテーマとしてもお馴染みだ。

大人路線担当「ダンシング・オールナイト」の松井忠重

「SQUALL」に続く4曲め「トロピカルヒーロー」。このミドルナンバーのアレンジャーは松井忠重。この年の大ヒット曲「ダンシング・オールナイト」をもんた&ブラザースと共に編曲したのが起用理由だったのだろうか。フルートが印象的な、レゲエ風の抑制の効いた音数の少なめなアレンジで大人っぽさを演出している。

B面2曲めの「クールギャング」も松井のアレンジで、テンポは少しアップするが、ホーンをフィーチャーしながらもやはり音の空間を生かしクールにまとめられている。刻み込むようなギターの音が実にユニーク。

松井アレンジの2曲は信田、大村とはかなりタッチが異なり大人路線。このギアチェンジは見事という他ない。しかし松井は次作以降、松田聖子のアルバムに現れることは無かった。

なんと言っても松田聖子の圧倒的なヴォーカル

以上編曲を主に見てきたが、松田聖子のヴォーカルで、前述の通り伸びる高音と並ぶもう一つの魅力はビブラートのかかる低音… その太さがたまらない。そしてフラットする高音もまた、たまんなかったりする。これも若松が意図して残したそうだ。なんともロックなやり方ではないか。

若松は松田聖子を世に出すにあたり、文学性と高い音楽性の2つをテーマに掲げていた。歌詞カードには曲ごとに参加ミュージシャンが書いてあるが、若松によるとこれはアイドルでは初めてではないかとのこと。つまりはアイドルのアルバムを、クレジットを見ながら聴くことすら望んでいたのだ。

A面3曲めと4曲め、B面1曲めと2曲めの4曲で、アウトロで松原正樹がギターソロを奏でフェイドアウトしている。こんなアイドルのアルバムは無いだろう。

あのジャケットも当然、若松のアイディアでコンセプト先行。ジャケ買いなど目指してないのだからまいってしまう。

実は『SQUALL』は僕にとって生まれて初めて購入し、初めて聴いたアルバムだった。清楚なルックスの松田聖子と名曲「青い珊瑚礁」に魅かれ購入したのだが、中3の僕は聖子の少し危うい、けれど圧倒的なヴォーカルと、そしてトータルアルバムとしての完成度の高さにもノックアウトされた。結果、僕は松田聖子の一層熱心なファンになると共に、音楽リスナーとしての扉も開けたのだった。僕は最初に聴いたアルバムが『SQUALL』であったことが素晴らしいスタートであったと今でも思っている。

最後に、やはり我が最強の夏うた「青い珊瑚礁」について少し。この曲で驚くのは、まず若松が同名映画からタイトルを頂き、それに合わせて小田が曲を作ったというエピソード。その後乗せられた三浦徳子の歌詞も含め、この順番は間違い無く奇跡だろう。

そして最近BS日テレでもOAになった大村雅朗のFBS福岡放送制作の番組で、若松がこの曲の最大の魅力を大村アレンジの間奏と言ったことには膝を打った。40年前の僕が、あのイントロだけではなく間奏にもワクワクしていたことを思い出したからである。

カタリベ: 宮木宣嗣

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