東京五輪「2032年に再延期」が無理な理由は「インドの大恩」

©株式会社光文社

1951年アジア大会では、日本はメダル獲得総数が60個で1位。2位は51個でインドだった

「世論の『東京五輪は、2021年の開催も無理だろう』という不安の一方で、東京五輪組織委員会の森喜朗会長(83)は、7月後半に受けた各媒体の取材で、『来年やるべきだ』『1年後しかない』といった “決意” を繰り返し述べました」

そう語るのは、あるスポーツ紙記者。だが、森会長の気焔に対して、2021年7月に延期された東京五輪は、またも苦境に立たされている。東京が “コロナ第2波” といえる状況下の7月22日に発表されたNHKの世論調査では、「さらに延期」「中止」を望む声の合計が、66%にものぼったのだ。

「再延期論も、少しずつ浮上してきました。『1回ぶん繰り延べて、2024年に開催すればいい』なんて意見もありますが、これには森会長も『2024年はパリ、2028年はロサンゼルスに決まっている。中止してもう一度というなら、後ろに並び直さないといけない』と取材に答えています。

つまり、いま組織委員会が最終手段と考えているのは、まだ開催都市が決まっていない、2032年の五輪を東京で開催するということです」(前出・スポーツ紙記者)

これについて、五輪招致に詳しい元JOC(日本オリンピック委員会)参事の春日良一氏(65)も、こう話す。

「これ以上、延期することは無理です。2021年開催が不可能になったら、今回の東京五輪は一度中止にして、2032年の五輪の開催都市に、あらためて立候補する方法しかありません」

すでに2032年の夏季五輪には、ジャカルタ(インドネシア)・ブリスベン(オーストラリア)のほかに、ムンバイ(インド)が立候補を表明。なかでも人口13億人超のインドは、IOC(国際オリンピック委員会)にとっても魅力的で、現状ではムンバイが最有力とされている。

だが、2021年も東京五輪の開催が見送られれば、“かわいそうな東京” が、2032年五輪の開催都市として優先されるかもしれないーー。

「いや、それは日本がやっては絶対にいけないことです。インドが五輪招致を目指しているなら、むしろ日本は、インドの支援に回らなければならない」

春日氏は、そう語る。日本とインドにどんな過去が……。春日氏が、知られざる “オリムピック噺” を教えてくれた。

「第二次世界大戦後、第1回のアジア大会が(インドの)ニューデリーで1951年に開催されることが決まりました。

当時の日本は敗戦国として、1948年ロンドン五輪にも参加が認められませんでした。アジア各国にも戦争で迷惑をかけたことから、フィリピンなど、『第1回アジア大会に日本を呼ぶな』と猛反対する国もあったんです。

でも、アジア大会創設を提案したインドのソンディIOC委員が、『日本を復帰させてもいいではないか。スポーツ大会を、友好関係回復の礎にすればいい』と訴えてくれました。当時のインド首相・ネールも同調したことで、日本はアジア大会に参加できたんです」

冒頭の写真は、その第1回アジア大会の開会式だ。これで日本は、国際スポーツ界への復帰を果たすことになる。

「おかげで、日本は1952年のヘルシンキ五輪にも参加できました。インドがここまでしてくれたのは、戦前のアジアスポーツ界で “西の雄” がインドなら、“東の雄” が日本だったから。『これからは、再びアジア全体で頑張っていこう』と思ってくれたのです。

そのためJOCではずっと、『インドの大恩を忘れるな』と言われ続けてきたんです」

春日氏も、自身が参加した1982年の第9回アジア大会(ニューデリー)で、その “言い伝え” を目のあたりにしている。日本代表選手団一行は、ネール首相の墓へと赴き、献花したのだ。

「『インドが五輪招致に立候補する日が来たら、応援しなければならない』と、JOCの誰もが、かつては思っていました。でも、私がJOCを辞めた20年ほど前から、そんな気持ちも次第に薄れてしまった。

いま、インドでの大会に日本が参加したとしても、選手団は、ネール首相の墓参りなどしないでしょう。森さんも、知らないと思います。“義理と人情” というとマフィアの世界みたいですが、本当の『オリンピズム』とは、そういうものなんです」

組織委は恩を仇で返してまで、望まれざる再延期を目指すのだろうか。

写真・読売新聞/アフロ

(週刊FLASH 2020年8月11日号)