日本の幽霊の寿命は400年!?証拠に「関ヶ原近辺で目撃される落ち武者の霊が激減」…衝撃のツイートが話題

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歴史的な戦場として知られる関ヶ原…目撃される落ち武者の霊が減っているといいます=mtaira(c)123RF.COM

幽霊に寿命があるなんて、みなさん考えたことはありますか? 実は「日本の幽霊の寿命は400年と考えられる」ことを紹介するツイートが、最近話題になっています。岐阜県の関ヶ原近辺では、「関ヶ原の戦い」で命を落とした落ち武者の霊が多く目撃されていたそうですが、20年ほど前から姿が激減しているのだそう。関ヶ原の戦いが起きたのは西暦1600年といい、激減した時期との差はまさに400年…。リプライ欄には「道理で原始人の幽霊が見えないわけだ」「エネルギーにも寿命はあるもんな」と、見えたり感じたりしている人たちの「実感」が続々と寄せられています。

投稿したのは、大阪在住のライター・井之上みこと(@1stp_inowe)さんです。小説などにも取り組まれていて、現在はチャットノベルアプリ「TELLER」で、オカルト系ライトノベル「カタヅケ屋霊異記」を無料公開されています。

そんなオカルトに詳しい井之上さんのツイート。7月26日に投稿されると、8月1日までに11万件を超す「いいね」がついています。あらためて全文紹介するとこんな感じです。

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日本の幽霊の寿命は約400年と考えられています
理由は20年ほど前から、関ヶ原近辺で多く目撃された落武者の霊が激減したこと
20年前から400年遡ると、1600年
関ヶ原の戦いがあった年です
現在目撃される霊も、服装や髪型が江戸時代の特徴を持つ霊や、開国後の戦争による戦死者が多いですよねー

かつてこの地で激戦が繰り広げられていたのかと思うと、風景も見え方もすこし変わってきそうです…(taiyosun/stock.adobe.com)

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衝撃の投稿について、井之上さんに聞きました。

――幽霊に寿命があることはどこで知られたのですか。

2016年夏のことですが、「長浜ものがたり大賞」という、地方小説賞に投稿させていただいた際に、市役所の方とネタになりそうな場所を回るロケハンツアーが組まれていたんです。

その時に、当時担当の方が「ここ数年落ち武者の霊がいなくなったって、地元のおばあちゃんたちが言うんですよ」「一気にいなくなってるから、400年くらいが寿命なのかなぁって」と教えてくれました。「こういう話も作品のネタに使えますか?」って感じで…。

あと2017年に関ヶ原に観光に行った際にも、同じような話を観光案内の方にお聞きしました。ほかのオカルト好き仲間も当たり前のように「霊の寿命は400年」と認識しているので、各自いろんな場所で仕入れてくるんでしょうね。

落ち武者の霊が減っていると、地元の人たちは実感しているようです(Masaaki Taya/stock.adobe.com)

――なるほど…。井之上さんご自身は変化を実感されたりしていましたか?

私はごくごく一般人です!なんとなくイヤな場所を感じることはありますが、見たりっていうのはなかなか…。霊や怪異とのコミュニケーションなんて夢のまた夢ですね!

京都・西陣の出身で、戦国とはあまり縁のない場所ということもあり、日常の中で変化を感じるということもないです。(400年説を当てはめれば、出身地では)明治のころまで応仁の乱の霊が見られたかもしれない…と思うと、ちょっとワクワクしたりしますけど。

――小説などを書かれている立場から、幽霊に寿命があるのはなぜだと思われますか? 400年という期間も微妙で、気になりますよね…。

なぜなんでしょうね!未練の元がなくなったのか、それだけの期間で魂の残滓がすり減ってしまうのか。真相は結局、我々が死んでからしか分かりそうにもないです。ただ、いろいろと想像することはできますので、そこがオカルトの楽しい部分だと思っています!

でも個人的には、未練を残して400年現世に留まるより、早く成仏できるような生き方をしたいとは思いますね。

武家屋敷に展示される武士が身につけていたとされる甲冑=Kittisak Raksachart(c)123RF.COM

――今回のような話題を投稿されたのはなぜですか。

投稿した7月26日が「幽霊の日」だったんです。幽霊に関係する雑学をいくつかツイートしたんですが、まさかあんなにバズるとは…。梅雨明けが遅く、ジメジメと暑い日が続く中だったので、みなさんいろいろと関心を持たれたのかなと思います。

――リプライ欄を見ていると、「ギネスブックに2000年前のローマ帝国の兵士の幽霊が載っている」「鎌倉時代後期の落武者には1度だけ出会った」などなど、より長寿な幽霊のことを紹介してくれる人もいましたね。

私もとても興味を惹かれました!国外の件にはあまり明るくないので、詳しいことは分かりませんが、国内では平安貴族の霊を見たという方もおられるそうで…。

――それらの霊はなぜ長く存在できるのでしょうね…。

例えばなにかしら重大な任務を受けて、それを強固に守っている霊だったり、亡くなった後でも「この場を守らなければならない」と強い責任を負っている霊だったり…。未練と言うより、より強く現世に固執する理由があるような霊かもしれませんね。

――そういうお話を聞くと、幽霊ってなにかのエネルギーみたいな感じがしてきます。

あと、平将門公や崇徳院陛下、菅原道真公のいわゆる日本三大怨霊などは、畏怖が信仰に変じて神格を得ていらっしゃいますので、信仰と畏怖がある限り権能と祟りをもって留まっておられると思います。

東京・大手町にある「平将門の首塚」(moonrise/stock.adobe.com)

早良親王殿下や蘇我入鹿様も、同じ理由で留まってらっしゃるのではないかと…。祟りがなくても、当然、故人に失礼なことをすべきではないですけど!

――縄文時代の遺跡を掘っている人から、もし当時の幽霊に会えたら「(どんなふうに暮らしているのかなど)聞きたいことがいっぱいある」とのコメントがありましたね。井之上さんが会ってみたい幽霊はいますか?

お会いできるなら、小野篁様に是非お目通りしたいです!小野妹子様の子孫で、生きたまま毎晩冥府に通って閻魔大王様の補佐を務めたとの伝説のある方です。実は私、閻魔大王が大好きなので、そのあたりの話をたくさん伺いたいです!

あと…幽霊について気になることを、いくつか井之上さんにお聞きしました。

――そういえば、落ち武者は400年経っても落ち武者の姿のままですよね…。幽霊は死んだときの服装や髪型・特徴をずっと残していくものなのでしょうか。

一説には幽霊に時間感覚はなく、死んだ瞬間で止まっている、といわれています。止まっているというか、死んだ瞬間を繰り返しているらしいです。あくまで一説であり、諸説あるうちの一つに過ぎませんが、やはり死んだ姿から魂が抜け出る=その時の姿のまま、と考えるのが自然ではないでしょうか。

落ち武者の幽霊は400年経っても落ち武者の姿のままだなんて…とても不思議です(warmtail/stock.adobe.com)

――あと、幽霊が現れる場所というのは、なにか幽霊にとって特別な場所なのでしょうか。移動などはせず、特定の場所に現れ続けるものなのでしょうか。

その場に個人的な理由があって留まっている場合もあれば、その場の居心地というかここにいたいと思わせるモノがある場合もあると思います。

幽霊は川や池、トンネルなど、水場や湿気の多い場所に多く出るという話も多いですが、遺族の供養を受けられない霊は水も供えてもらえない=常に渇いているそうで。それを癒すために少しでも水場や湿気の多い場所に留まろうとするそうです。

――ええっ…なんか身につまされるお話ですね。

とはいえ、彼らの渇きは物理的でないので、癒されることはありません。供養の大切さを考えさせられる話です。

――あと、幽霊に出会ったときって、フレンドリーにお話できたりするものなんでしょうか。

普通の人間だと思って会話したのに、ある瞬間忽然と姿が消えていたという話はありますね。

あるトラック運転手さんの話にこんな内容のものがあります。雪山にあるサービスエリアで、ずいぶん古いバイクに乗った青年と話していた。新車で買ったので大事に乗っていると話す彼に、今時こんな年代物が新車であるだろうかと思いつつ、別れてトイレに入ったそうです。

しかしトイレから出てみると、彼はもういない。もう出発したのかと思ったそうですが、彼がバイクを止めていたはずのそこには 雪が新雪のまま積もり、バイクの轍もなかったそうです。そんな事例をふまえると、フレンドリーに話すこと自体はできるのかもしれません。

幽霊というと怖いイメージがありますが、元々はなにかを知らせたり、供養をせがむために出てくると考えられていました。夢枕に立つとか、虫の知らせとか、そういう話ですね。

それが後世になって怨恨や執着で出てくるようになったと考えられるようになり怖いもの、恨みがあるものと考えられるようになったそうです。戦死者は化けて出ない、と言われたのも戦国以前までですね。

(まいどなニュース・川上 隆宏)