亀山列車襲撃から75年 設営板に犠牲者の名前刻む 三重

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【説明板に記した犠牲者を紹介する服部代表=亀山市天神2丁目の中村公民館で】

【亀山】市民団体「戦争遺跡に平和を学ぶ亀山の会」(服部厚子代表)は2日、亀山市天神二丁目の中村公民館で、亀山列車襲撃事件の犠牲者を悼む追弔法要を行った。西口昌利副市長や小坂直親市議会議長のほか市民ら計30人が参列した。

 事件は、終戦直前の昭和20年8月2日昼過ぎに発生。民間人を乗せた亀山駅発鳥羽行きの列車が同市天神町の鈴鹿川鉄橋を渡り終えた時、米軍機(P51)2機の銃撃攻撃を受け、40数人の国民が死亡した。同会は、この事件を後世に伝えるため、事件の起きた8月2日に合わせ、4年前から亀山若手僧侶の会「サンガ」による追弔法要をしている。

 追弔法要の後、会員が説明板に記した犠牲者8人の名前を読み上げた。服部代表は「40数人の犠牲者のうち判明している8人を記した」と述べ、「戦後75年を迎え、第4世代と言われる子どもや若者に、この戦争をどう伝え継承していくのかが問われている」と話した。

 説明板に記した犠牲者8人は次の皆さん。

 上村綱五郎さん、鈴木磯吉さん、大橋利夫さん、土井藤之助さん、平野新七さん、加太きみさん、伊藤照男さん、曽根さん(名前不詳)。