売り上げゼロでも、1年半なら生き延びられる?都内ホテル経営者が経験したコロナ禍

6年前に民泊の会社を起業し、計1200床ほどを運営してきました。 2019年には都内で35床の自社ホテル「MANGA ART HOTEL,TOKYO」(東京都千代田区)をオープンしました。「一晩中漫画体験ができるホテル」として、日本語、英語の漫画5000冊を揃え、宿泊予約サイトでも高評価を得て稼働率はほぼ100%が続き、うち40%は外国人観光客でした。

そんな中で突然起こったコロナ禍。今年3月ごろから客足はピタッと止まり、今ではほとんど予約は入らず、開店休業状態が続いています。「大変でしょう」と様々な方に言われますが、実は意外にも、ホテル業界は今、潤沢なキャッシュフローを持っています。今回はコロナ渦中のリアルな経営者の経験と、ホテル業界の実情を語ります。


2月、売り上げが半減

私の経営している施設では、宿やエリアによっても、いらっしゃる外国人観光客の国籍は様々ですが、平均として中国人観光客が全体の2割を占めます。この中国からの観光客のキャンセル連絡が出始めたのが、2月の上旬でした。

日本でも、徐々にコロナの報道が出始めたタイミングでした。でも、「ようやく繁忙期が始まるのにタイミング悪いなあ」くらいに軽く考えていました。

当初は、4月の桜の時期までに収束すればなどとも考えていましたが、日に日に進む報道と、ゲストとやり取りする中で感じる切迫感から、2月中旬ごろには大幅な赤字を覚悟し、「東京五輪特需までいかに生き残るか」を模索するようになりました。

客足が途絶えたホテルの室内

たった10日間ほどで大きく認識は変わり、強い危機感を抱かざるを得ませんでした。とはいえ、この時はまだ月商約4000万円の売上が半分程度に下がっただけで、この先、さらに下がるとは全く考えもしませんでした。

全く想定していなかった、ウイルスというリスク

もちろん、一時的に災害の影響でキャンセルが相次ぐことや、どこかの国で戦争が起き、その地域からの集客が不可能になるというリスクは頭の片隅にはありました。こういう場合に備え、国内客の集客だけで50%は埋められるよう対策は考えていました。しかし、収益性を考えると、「都内」「大部屋」「無人」「Airbnb」などを組み合わせ、インバウンド客に合わせた施設の割合が、どうしても過半数になってしまっていました。

しかし、全ての国、さらには国内でも県をまたいだ移動すらできなくなるという想定は、不可能でした。

これからすべきことは、徹底的に固定費を削減すること。それは将来の売上を大幅に落とす行為である損切りであっても、まずは生き残ることが先決だと思いました。

アルバイトに休んでもらい、生き残りを目指す

アルバイトスタッフは、漫画について学びたい、英語の学習がしたい、など目的意識がある優秀な若者たちでした。現状では雇用を継続することが不可能なこと、家賃と人件費という2大固定費を削減しないとホテルが存続できないことを説明し、理解してもらいました。

何とかして売り上げを作ることも考えましたが、変な安売りや価値を下げる行為をするくらいなら閉める、という判断をし、運営を長らくストップしました。

そもそも宿泊ビジネスはリスクに弱い

新型コロナウイルスの流行によって、様々な業種が経営難に陥っています。中でも、”ハコモノ”と呼ばれる、物件を賃借して固定費を構えながら行う商売である飲食業や宿泊業などが一番苦しんでいる印象があります。

ハコモノの商売は、賃料や人件費の負担が重くのしかかります。一般的に、飲食店の賃料は売上の10%以下、人件費は30%以下が目標と言われます。他の商品原価や諸経費も含めて、経費を90%以下に抑えて、売上の10%は利益を出そうという業態です。

これに対し、宿泊業は、賃料を始めとする固定費の割合が非常に大きいビジネスです。 売上が月商1000万円でも100万円でも、賃料は変わりませんし、最小額の人件費は同じです。つまり、需要が大きい時はとても儲かるし、需要が下がる時は大損するということ。ハイリスクハイリターンなビジネスです。

インバウンドバブルで大量の素人が参入

近年、このリスクの高いマーケットに、素人が大量に参入しました。民泊です。理由は、初期費用 が安く、2018年6月以前は資格も必要なかったからです。部屋単位で賃借し、最小の人件費(代行費) と賃借料で運営も可能でした。

経営していた民泊

つまり、ホテルビジネスなのに一般人でも負担できる「固定費」の額でした。また、ホテルビジネスは立地で80%が決まるので、難しいWebマーケティングをしなくても、ホテル予約サイトに出しさえすればお客さんはきました。

さらにこの潮流を後押ししたのが、インバウンドです。良い立地の物件を確保して“それなり”に仕上げれば儲かるマーケットが出来上がりました。ホテルは元々、祝前日で大きく儲けるビジネススタイルでしたが、インバウンドのおかげで平日も稼働させ、全体の稼働率が 90% を超えるホテルが普通になりました。

リピーターを必死で獲得せずとも、普通に部屋を提供すれば、旅全体が楽しいゲストはホテルにも良い評価を書いてくれます。サービスの質は関係ありません。さらに、インバウンドバブルの恩恵を受けて、民泊よりも部屋数を増やしたハイリターン狙いの「そこそこ」の規模のホテルの竣工が相次ぎ始めました。東京五輪もこの流れに拍車を掛けました。

今回のコロナ禍では、民泊業に新規参入した多くの”素人”が予期せぬ事態に直面しています。

すべての前提がひっくり返った

コロナ禍によって観光業が壊滅的な状態になったことで、今までは売上が400万円で、賃料100万円、人件費100万円の経費だったのが、売上が10万円に減っても同じ額を払わないといけなくなりました。毎月固定費分がそのまま赤字になる悲惨な状態です。

経営しているMANGA ART HOTEL。今はほとんど売り上げはない

さらに、条件によりますが、宿泊業は原則、延べ床面積が1000平米を越えなければ感染防止協力金の給付金の対象になりませんでした。また、200室以下のホテルは東京都の借り上げの措置なども受けられませんでした。

稼働させるだけで赤字がかさむので、各地でホテル自体を閉める動きが進みました。

夢のようなコロナ融資

しかし、コロナ関連の融資は別です。これは、金利が非常に安く(もしくは0)、返済期限も10年と長く設定されており、経営者にとっては夢のような融資です。

融資は、昨年や直近の「月商」に基づいて金額が決まります。月商の3〜5ヶ月の融資を受けている企業も多くありますので、ホテルのように売上規模が立ちやすい業種では、規模が小さくても億を超える融資を受けている場合もあります。

つまり、宿泊事業者は融資のおかげでキャッシュフローは潤沢だけど、損益計算書上では常に赤字という不思議な状況に陥っています。現在、会社の代表者が連帯保証に入り、借金をして得たキャッシュは毎月減っていくのですが、融資のおかげで、生きるだけなら半年〜1年は生きられるという企業が多く存在しています。

次回は、このような状況の中で、ホテル業界にどんな動きが起きているのかを書きたいと思います。

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