「“多様性”が育つスポーツ」 元日本代表・廣瀬俊朗が語るラグビーの魅力

われわれの日常に、ようやく少しずつ「スポーツのある生活」が戻りつつある。新型コロナウイルスの影響により競技ができない日々が続いた中で、スポーツ、そしてアスリートの価値について、あらためて見つめ直す昨今。元日本代表“伝説のキャプテン”として日本のラグビー界の盛り上がりに尽力してきた廣瀬俊朗氏は、「スポーツは人生を豊かにしてくれるもの」だと言う。スポーツやアスリートの価値や考え方を伝えていくために、廣瀬氏が理事として参画している『Di-Sports研究所』の代表理事・スポーツドクターの辻秀一先生が聞き手として、あらためて廣瀬氏から見たラグビーの魅力について語ってもらった。

(インタビュー=辻秀一、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=末永裕樹)

ラグビーの魅力は「多様性」

辻:これまで現役時代はもちろん、引退後も日本ラグビー界の発展に大きく貢献している廣瀬くんから見たラグビーの魅力について、あらためて教えてください。

廣瀬:まず、ポジションがたくさんあることが魅力の一つだと感じます。自分にはできないポジションがあったり、自分ではコントロールできないこともある。でも、みんながお互いのことを思いやったり、目的のために一生懸命頑張ってそれぞれの役割を十二分に果たした時にとんでもない化学反応が起きて、できなかったことができたり、ものすごい達成感を得られます。そこがラグビーの一番好きなところです。

辻:15人で戦うというのはチームスポーツの中でも最も大人数だと思いますが、それぞれの特性が多様性を生み出しているのでしょうか?

廣瀬:15人でたくさんポジションがあるので、多様性がないといけないような気はします。しかも、ポジションの役割的に体格の多様性はもちろん、性格的にもいろんな人がいるというのもおもしろい。思慮深い人が活躍できるようなポジションもあるし、何も考えずにぶつかりに行ってくれる人も必要だしっていう。

でも、「こうでないといけない」というものもなくて。例えば僕は割と思慮深いので、あんな大男たちの壁みたいな所にぶつかるのは嫌いなんで(笑)。周りの人をおだてて、「頼む、お前にしかできんから行ってくれ」と言って、行ってもらったら「ありがとう」って言う役なんですけど。そういう、性格的にもいろんな人がいるというところも、おもしろいかなと思いますね。

辻:ポジションが人を育てるのか、それとも「このポジションが合っているからやってみろ」と言われるのですか?

廣瀬:割とそのままの自分で活躍できるポジションがあるんだと思います。それこそ、先日引退を決めた大野均さんはハンドリングスキルは劣りますが、ずっと走り続けられて、相手には負けないっていう気持ちが強くて。

辻:なるほど。彼はどのポジションでしたっけ?

廣瀬:ロックです。高校時代は野球部で補欠でしたし、バスケをやったらめちゃくちゃ下手でシュートがほぼ入りません(苦笑)。その上、キックも上手ではない。でも、すごいものを持っていたからラグビー日本代表歴代最多の98キャップを取れたんですよね。

辻:ラグビーのそういった魅力的な部分は、ラグビー発祥の地であるイングランドでもそのように考えられているのですか?

廣瀬:もともとラグビーって上流階級のスポーツで、リーダーを養成しようというところから発展してきたので。人々に役割を作ったり、誰でも活躍できるポジションを作るという発想はあったんじゃないかなという気がします。

辻:廣瀬くんのラグビー人生におけるポジションの中では、どんなことが育まれたと感じますか?

廣瀬:僕はラグビーによって、そしてキャプテンとして育まれたものは本当にたくさんあります。例えば、チームメートたちが「このチームのために頑張りたい」と思ってくれた時にいいラグビーができると思っているので、そのためには“信じる”ということがすごく大事だということ。

ラグビーはぶつかるしきついところもあるので、小手先のスキルとかではどうしようもない、勇気みたいなものが必要です。そういう時に、どうやったらタックルに行ってもらえるのかというと、「タックルにいって」と言ってもいかないですよね。「このチームのためにいきたい」という思いがあると、質が変わってきます。

だから、目的意識をチームメートに腹落ちしてもらうことや、いい人間関係を築くことの大切さをすごく考えられるようになったのは、ラグビーのおかげだと思っています。

辻:廣瀬くんは高校、大学、トップチーム、日本代表とキャプテン歴が長いですが、今のような考えは、(北野)高校時代にはすでに持っていましたか?

廣瀬:全然持てていなかったですね。高校も大学でもキャプテンとして一番年齢が上ですし、技術的にもある程度プレーで見せられたので、そこまで努力しなくてもよかったんですけど。社会人チームでキャプテンになると年齢も上の人がいるし、自分より上手な人も、外国人もいる中でどうリーダーシップをとっていくかという時には、すごく悩みましたし、学ぶこともありました。

辻:廣瀬くんは講演なども行っていますが、今、高校生や大学生のキャプテン的存在の人に声をかけるとしたら、どういうことを伝えたいですか?

廣瀬:当時の僕は何となくしか理解できていなかったことを、ちゃんと考えるきっかけを与えられたらいいかなと思いますね。

辻:具体的には?

廣瀬:結局は“自分”だということ。自分がどんな人間になりたいのか、どんなチームを作りたいのかというのをちゃんと持たないまま、監督にこう言われたからとか、あるべきリーダーシップの形であったり、自分の意思以外のものと戦っているような気がするので。

リーダーになるような人の多くは何かしら悩みを抱えているので、「自分を見つめること」の重要性について話すとハッときづいてくれます。「今までどうやってここまで来れたのか」とか、「数年後にチームを去る時、どう後輩に思われたいのか」というような話をしています。リーダーだけでなく、トップレベルでずっと活躍できるような選手は、やっぱりちゃんと自分のことを見つめ直していると思いますね。

トップレベルのアスリートに世界共通する考え方

辻:それはどの国でも共通していると思いますか?

廣瀬:そんな気がしますね。例えば、この前の(ラグビー)ワールドカップ(2019)で優勝した南アフリカのシヤ・コリシ選手は初の黒人キャプテンで、子どもの頃は家にテレビがなくてどこか別の場所で2007年の優勝シーンを見たというような人なんですけど。南アフリカにはいまだにいろいろな問題がある中で、ラグビーをやっている時は国民が一つになれるから、そのために戦うという意志を持っていました。

スクラムハーフの(フランソワ・デ・)デクラークも、「(体が)小さいやつでもハードワークすれば夢が叶う」ということをラグビーを通して伝えたい、というようなメッセージを出していて。

だから、トップレベルで活躍している選手たちは、ラグビーが全てというより、ラグビーを通して何をしたいかということを考えられている気がします。

辻:今の学生たちは実際にどうですか?

廣瀬:監督がそういうことを大事にしているチームは、自分たちがラグビーをやっている目的を答えられますけど、ただ勝つことだけを言われているようなチームでは、勝利の先にあるものを考えられていないような気がしますね。

辻:本来ラグビーは「多様性を持って人を育てるスポーツ」であるはずが、そうなりきれないのは、やっぱり指導者の問題なのでしょうか?

廣瀬:個人的にはそう思います。親の問題という場合もあると思いますが。

辻:指導者や親に対しては、何かアプローチはしているのですか?

廣瀬:試合をするのはキャプテンなので、指導者や親よりキャプテンとディスカッションをすることのほうが多いです。例えば、部活の監督はなかなか変わらないかもしれないですけど、日本代表の監督は変わっても、選手たちの間でしっかりしたものが受け継がれていくと残ると思っているので。一度腹落ちしたら継続性が高いのは、選手に落とし込むことですね。

ただ、今後は指導者にもアプローチしていきたいという思いはあります。実際に今、慶應義塾高校ラグビー部とはキャプテンと監督と僕の三者で定期的にミーティングをやっています。

辻:それはいいですね。それこそ多様性を持って、いいチームを作るためには上下関係ないですもんね。

スポーツは「人生を豊かにしてくれるもの」

辻:他競技と比べた時に、ラグビーのどんなところがいいと感じますか?

廣瀬:ラグビーはすごく絆が強いので、他競技と比べても仲がいいなと思いますね。例えば今、新型コロナウイルス禍の中でさまざまな活動が行われていますが、ラグビー仲間の間では何かあったら助けようという絆が強いので一気に広がるんですよ。

辻:ラグビー特有のファミリー感はありますよね。

廣瀬:そこは、改めてラグビーのいいところだなと感じましたね。ただ、逆に考えたら後からラグビーファミリーに入っていくのはハードルが高いかもしれないという懸念もあります。なので、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS系)も、ドラマを見た方のラグビーに対するハードルが下がり親しみをもってもらえたのはよかったかなと思います。

辻:2019年はラグビーワールドカップが大成功してにわかファンもたくさん増えて、日本でスポーツが“体育”から“文化”としての位置づけを感じられた素晴らしいメモリアルイヤーでした。その流れの中で2020年の東京五輪開催が延期になってしまいましたが、率直な想いを聞かせてください。

廣瀬:延期は新型コロナウイルスによるものなので、どうしようもないとは思います。もちろんビジネス的な観点で捉えるといろいろ考えることもありますが、その仕組み自体も変えていく必要があるのではないかと感じます。

メディアもメダルを取った人しか取り上げなかったり、4年に1回しか選手を追わないとか。あとはパラリンピックの選手についても、今は割とメディアや企業も取り上げるようになりましたけど、東京五輪以降何十年間も継続してやるという思いを本当に持っていらっしゃるのか、そのあたりが気になりますね。

辻:このような状況の中で改めて「スポーツとは何か」考えさせられますが、廣瀬くんはどう思いますか?

廣瀬:スポーツは「人生を豊かにしてくれるもの」だと思っています。引退してから、あんなにも喜怒哀楽を出せることはなかなかないと思うんですよね。選手だけでなくお客さまもだと思いますけど。これらの感情やライブ感というのは、日常生活ではなかなか得られないものなので、人生を豊かにすることの一つなのかなと思いますね。

辻:ものの豊かさというよりは、人間固有の“感じる”豊かさはスポーツならではですよね。

<了>

PROFILE
廣瀬 俊朗(ひろせ・としあき)
1981年生まれ。大阪府出身。北野高校、慶應義塾大学を経て東芝ブレイブルーパスに入団。高校日本代表、U19日本代表としてもプレー。2012年、エディー・ジョーンズ ヘッドコーチによって日本代表キャプテン任命されると、抜群のキャプテンシーを発揮。ラグビーワールドカップ2015では、一度もベンチ入りを果たせなかったにもかかわらず、関係者700人からの応援ビデオ作成などでチームの団結を促して南アフリカ戦の劇的勝利に貢献した。引退後はMBAを取得、株式会社HiRAKUを起業する一方で、ラグビーワールドカップ2019公式アンバサダー、TBS系ドラマ『ノーサイドゲーム』に俳優として出演するなど、ワールドカップの盛り上げに一役買った。

辻秀一(つじ・しゅういち)
1961年生まれ、東京都出身。北海道大学医学部卒後、慶應義塾大学で内科研修を積む。“人生の質(QOL)”のサポートを志し、慶大スポーツ医学研究センターを経て株式会社エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学をベースとして講演会や産業医、メンタリトレーニングやスポーツコンサルティング、執筆やメディア出演など多岐に渡り活動している。志は『スポーツは文化だと言える日本づくり』と『JAPANご機嫌プロジェクト』。2019年に「一般社団法人Di-Sports研究所」を設立。37万部突破の『スラムダンク勝利学(集英社インターナショナル)』をはじめ著書多数。

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