予期せぬ市民の抵抗に遭遇したプーチン氏

ロシア極東ハバロフスク地方で7月25日、フルガル知事が拘束・解任されたことに抗議するデモ隊(AP=共同)

 ロシア極東の中心都市であるハバロフスクで、ロシアとしては何から何まで異例づくめの抗議デモが3週間も継続する事態となっている。ロシアでは7月1日に実施された全国投票で、プーチン大統領の在任期間を最長2036年まで延長することを可能にする憲法改正が承認されたばかり。これによって20年続いているプーチン一強体制がさらに強固になったと思われたが、その直後に極東で勃発した予期せぬ住民の抵抗にプーチン氏は手を焼いている。(元共同通信モスクワ支局長=吉田成之)

 事の発端は、地元ハバロフスク地方の知事だったフルガル氏が7月9日に殺人容疑で逮捕されたことだった。容疑は約15年前、フルガル氏がロシアでよくある「注文殺人」などに関与したというもの。自宅近くで車に乗せられる逮捕劇は全国放送で伝えられた。これに対し、ハバロフスク市内では突然の逮捕に驚いた市民数千人が土曜日の11日から毎日街頭に繰り出して逮捕に抗議。フルガル氏の釈放を要求し始めた。これ以降、デモは収まるどころか、ますます広がりをみせている。参加者は最大で数万人ともいわれている。人口約60万人の同市としての相当の参加規模だ。

 プーチン氏は逮捕を受けて「信頼を失った」としてフルガル氏を解任した。市民はこれにも怒った。「フルガルはわれわれの選択」「プーチンは手を引け」などとプラカードを掲げて市内の大通りを行進、地方庁舎前に集まった。「プーチン、退陣せよ」とのプラカードもあり、反プーチン・デモの様相を帯びている。

警官に付き添われるロシア極東ハバロフスク地方のフルガル知事(右)=7月10日、モスクワ(ロイター=共同)

 最大の「異例」はというと、市民が知事逮捕に対して、自然発生的に無許可でデモを直ちに起こしたことだ。地元では、このデモが特定の政治家や活動家が呼び掛けた組織的なものでなく、「リーダーなきデモ」と呼ばれている。ロシアではこれまでも地方の知事らが汚職や職務怠慢の名目でプーチン氏から解任されることは結構あった。同地方知事や極東発展相などを歴任した大物イシャエフ氏も昨年汚職容疑で拘束されている。しかし住民が解任を不服として、こうした自発的な大規模な抗議行動を起こした例はなかった。

 その背景には、地元で「人民の知事」と呼ばれるフルガル氏の高い人気がある。各メディアの報道によると、フルガル氏は在任中、地方が抱える負債を減らすために自らの給与を削減したうえで、知事用のヨットや高級車を売り、人件費や無駄な役所の数を減らすなど大ナタを振るった。同時に地方内の航空料金を引き下げるなど住民のニーズに寄り添う政策を次々始めたという。

 「異例」はまだある。警察が30日現在、無許可デモに対し、一切強硬な排除行動を取っていないことだ。モスクワなどでこのようなデモがあった場合、警官隊に追い散らされ、逮捕者が出るのが相場だ。中心部の広場では子供連れの家族も多く、毎日平和なデモ地帯が出現するというロシアでは考えられなかった事態となっている。独立系ネット・メディアだけでなく、市民がユーチューブにデモの動画を次々投稿、発信している。  今回の行動で目立つのが「われわれの投票を盗むな」というスローガンだ。フルガル氏は極右政党である自由民主党の候補として、18年9月の知事選決選投票で約70%の高得票で、与党「統一ロシア」所属の現職シポルト氏に圧勝した経緯がある。クレムリンが推す候補が敗れたことは、当時年金受給年齢引き上げなどで反発を受けていたプーチン政権に対する抗議を象徴する政治的事件となった。

プーチン大統領

 フルガル氏を選挙戦で支持した市民からすれば、自分たちが2年前選んだ知事をクレムリンが突然逮捕し、大統領が勝手に解任するのは中央の専横だ、ということだろう。いわば、自分たちの選択がモスクワに踏みにじられたことに対する「異議申し立て」という図式だ。地方の知事など首長は公選で選ばれるものの、最終的に生殺与奪の権利をプーチン氏が握るロシアの専横的政治体制にあって、前代未聞の「地方住民の反乱」と言える。

 今回の住民の抵抗劇には伏線があった。プーチン氏は知事選後の18年12月、極東を管轄する極東連邦管区の拠点都市をハバロフスクからウラジオストクに変更する措置をとった。ハバロフスクとウラジオストクは人口約60万人と同規模だが、変更をめぐっては、アジア・太平洋地域への窓口としてウラジオを重視したプーチン氏の政策的判断と同時にフルガル氏を選んだハバロフスクへの懲罰的措置との見方もあった。

 今回市民の怒りの火にさらに油を注いだのは、プーチン氏が当面の知事代行にフルガル氏と同じ自民党所属の連邦下院議員とはいえ、地元とは縁もゆかりもない若手政治家、デクチャリョフ氏を任命したことだ。おまけにプーチン氏のクレムリンでの知事代行任命の発表は地元時間(モスクワと時差7時間)ではすでに深夜になっていた。「朝起きたら、代行が決まっていた」(デモ参加者)と反発を招いた。

 現地入りしたデクチャリョフ氏は30日現在、まだ正式の記者会見を開いていない。住民からの要求を受けているものの、庁舎前で一部のデモ参加者と話し合っただけだ。「ハバロフスクから出ていけ」との罵声も浴びせられている。

 リベラルな見識で知られる人気ロック歌手、マカレービッチ氏はラジオ番組で住民の心情をこう分析した。「ハバロフスク市民全体が自分たちの誇りの問題だと感じたんだろう。これまで(中央に)侮辱されてきたという気持ちが溜まっていた。今回の逮捕が爆発の引き金になったのだろう」と理解を示した。

 この抗議活動をどう収拾していくのか。プーチン氏は今のところ、目立った行動を取らず、手の内を見せていない。プーチン氏は大統領への復帰をめぐり2011年と12年、モスクワなどで大規模な野党側デモに直面した経験がある。当時はさまざまな締め付け策をとり、野党勢力や非政府組織の抵抗を押さえ込んだ。今回はそれとは異なり、モスクワから6000キロも離れた極東での局地的「反乱」だ。当面は様子見をしようということかもしれない。

 しかし、気になる材料も出てきた。28日に独立系世論調査機関、レバダセンターが発表した全国世論調査で、ハバロフスクのデモを「肯定的に評価する」との回答が45%もあったからだ。「中立的、無関心」の26%、「批判的、反対」の17%を大きく上回った。経済の低迷に加え、新型コロナの影響で国民の不満が鬱積する中、極東の「異議申し立て」が今後各地に広がり、プーチン体制を脅かす可能性を指摘するロシアの専門家もいる。

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