被爆・戦後75年 訴え続けた核兵器廃絶 貴重な体験後世に

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被爆者代表が「平和への誓い」を述べる平和祈念式典。核廃絶を世界に訴える=2019年8月9日、長崎市、平和公園

 毎年8月9日の「長崎原爆の日」に平和祈念式典で、被爆者代表が述べる「平和への誓い」。1970年に始まり、昨年までに延べ50人が被爆地からメッセージを発信した。被爆75年の今年は深堀繁美さん(89)が務める。「平和への誓い」の半世紀を振り返り、歴代代表の訴え、深堀さんの思いなどを紹介する。

 6月4日、長崎市役所。今年8月9日の平和祈念式典で「平和への誓い」を述べる被爆者代表の選定審査会があり、本尾町の深堀繁美さん(89)を選んだ。浦上天主堂で長年にわたって被爆体験講話を続けているカトリック信徒。これまでの活動や平和、核廃絶への強い思いが評価された。被爆者の高齢化が進む中、代表としては歴代最高齢。「75年前のあの日に何があったのかを伝え、全世界に核廃絶の思いを訴えてほしい」。審査会の舩山忠弘会長(82)は、そう力を込めた。
 祈念式典で、被爆者代表による「平和への誓い」が始まったのは被爆25年の1970年。市によると、その経緯に関する記録は残っていないが、地元民放記者として原爆取材に携わってきた舩山会長は「節目の年に、何か世の中に訴えるものを盛り込もうと考えたのでは」と推測する。
 同じ「平和への誓い」でも、広島市の式典では児童代表が述べるのに対し、長崎市は被爆者らが自らの体験を基に核廃絶や恒久平和を訴えるスタイルを続けており、対照的だ。昨年までにマイクの前に立ったのは延べ50人。このうち、長崎の被爆者の象徴的存在だった谷口稜曄さん(故人)は74年に続き、被爆70年の節目だった2015年にも代表に選ばれている。大役を2度務めたのは過去、谷口さん一人だ。
 代表は長年、被爆者5団体(当初は3団体)が持ち回りで選んできたが、市は15年末、「5団体以外からも幅広く人選する」として選出方法の見直しを提示する。これに対し、5団体側は「唐突だ」と反発。「平和への誓い」で政府の安全保障政策を批判し議論を呼んだことに絡め、「発言封じでは」と疑問を呈し、抗議声明を出す事態にまで発展した経緯がある。人選の公平、公正さを保つため、最終的には市が候補者を公募し、被爆者団体の関係者、学識経験者らでつくる選定審査会が選出する方式に落ち着いたが、一連の見直し議論は、被爆者が高齢化する中、「平和への誓い」や人選の在り方に一石を投じた。
 応募資格は長崎で被爆したことなどが条件で、居住地は問わない。公募元年の17年には国内外から21人が応募。18年からは、国が定める被爆地域の外で長崎原爆に遭ったため、法的には被爆者と認められていない「被爆体験者」も対象に加わった。
 応募者には自身の被爆体験、平和への思い、現在の活動状況について文書で提出してもらい、書類審査。通過者については、5分程度のスピーチ映像で審査し、一人を選んでいる。今年は13人の応募があった。自身も被爆者の舩山会長は「どなたの体験も貴重で、後世に残すべきもの。慎重に適任者を絞っている」と審査側の胸の内を明かす。
 国内外へ広く発信するため、「平和への誓い」を含む長崎の式典は11年からネットで同時配信。13年からはネットでの英語同時通訳も始まった。長崎原爆の研究者で、福島大うつくしまふくしま未来支援センター客員准教授、深谷直弘氏(39)は長崎の「平和への誓い」について「被爆時だけでなく、どう生き抜いてきたのかも含めて貴重な被爆体験。誓いは被爆者の個性である『人生』を伝えている」と評価。その上で、「被爆者なき時代に向け、被爆2世や3世も対象にしていくか、広島のように子どもたちに述べてもらうかなど、今後の在り方の議論も必要」と指摘する。