「許し合う世の中に」 今年の被爆者代表・深堀繁美さん

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「原爆を体験した一人として、もう誰にも同じような思いをさせたくない」と語る深堀さん=長崎市本尾町、浦上天主堂

 「許し合わなければ世の中はうまくいかない。平和は、争いをやめること」。被爆75年の今年、「平和への誓い」を述べる深堀繁美さん(89)は、核なき世界への思いを新たにしている。
 14歳の時、勤労学生として魚雷製造作業に従事していた三菱重工業長崎造船所(飽の浦町、爆心地から約3.4キロ)で被爆。爆弾がすぐ近くに落ちたかのような爆音がし、屋根のスレートが次々と崩れ落ちてきた。浦上天主堂裏にあった自宅にたどり着いたのは翌日だ。途中、あちこちに転がった死体。川では真っ黒になった人たちが息絶えていた。原爆にきょうだい4人を奪われた。あの日の惨状、哀絶は「言葉では表現できない」。自身の子どもたちにも多くを語ってこなかった。
 考えが変わったきっかけは、ドイツの無差別爆撃を受けたスペイン・ゲルニカへの訪問だった。市民が戦争体験を語り継ぐ様子に「自分も話していかなければ」と感じた。被爆体験を修学旅行生らに語り続け、約10年になる。
 昨年11月のローマ教皇フランシスコの長崎訪問の際には、爆心地公園で献花用の花輪を手渡した。「核兵器はなくさなければならない。戦争をしてはならない」。教皇の言葉に感銘を受けた。
 その思いを多くの人に伝えてほしいと、市や教会関係者に誓いへの応募を勧められた。「あまりにも大きすぎる役割。一度お断りした」が、自身の務めと思い、最終的に手を挙げた。
 被爆から75年。一部では核兵器の増加や近代化が進み、米ロ間の中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効するなど、核軍縮の環境は厳しい。だからこそ、「世界の指導者には少しでも(誓いに込めた)気持ちをくみ取ってほしい」と思う。もう誰にも同じような思いをさせたくない-。誓いには、被爆者として、そして一人の人間としての願いを込めるつもりだ。