新型コロナと共存して生きるとは

感染を抑制できているNZから考える【世界から】

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記者会見後に手を殺菌消毒するニュージーランドのアーダン首相=4月20日、ウェリントン(ゲッティ=共同)

 ニュージーランド政府は6月8日、国内の新型コロナウイルス感染者がゼロになったと発表した。新規感染者が17日間確認されないことに加えて、感染していた全ての人が回復したのだ。アーダン首相は「感染を排除した」として4段階ある警戒レベルを8日深夜に、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保などを求める「レベル2」から最も低い「レベル1」へ引き下げると表明した。

 アーダン首相はこの記者会見を満面の笑みで行い、日本を含む海外メディアもニュージーランドの対策の手際よさをたたえる報道を行った。そのためだろう。ニュージーランドでは全ての規制が解かれて感染を気にかけずに生きていける、つまり「コロナ以前」と同じ生活が送れると考える日本の読者も少なからずいるように感じる。ニュージーランドで人々がどのように暮らしているかを伝えたい。(ニュージーランド在住ジャーナリスト、共同通信特約=クローディアー真理)

 ▽世界で最も厳しい規制

 新型コロナウイルスに対して、ニュージーランドは一貫して素早く対応してきた。

 最初の感染者が報告されたのは2月28日。海外からの帰国者だった。政府は3月9日に新型コロナウイルスを「検疫感染症」と認定。続く15日には全ての入国者に14日間の自主隔離を義務付けた。19日夜からはニュージーランド国外に住んでいる人は入国できないようにした。加えて、国民に対しても海外全域に渡航しないよう求めた。21日、ニュージーランド政府は「警戒レベル」を定めた。レベルごとにやるべき対策や行動などを明記しており、誰にとっても分かりやすいものになっている。

 この時点で約50人だった感染者は2日後の23日に102人、24日には155人と急増。そして、200人を超えた25日に「国家非常事態」が宣言された。最初の感染者が見つかってから1カ月足らずで国家非常事態を宣言したことになる。

 日本政府は1月16日に初めて患者を初確認してから約3カ月後の4月7日に緊急事態宣言を出している。事情が異なるので単純に比較はできないが、ニュージーランドの対応が早いことは明らかだ。

 3月26日には世界で最も厳しいと評されるレベル4に引き上げ、医療など一部の業種に就く人を除く全ての人の外出を制限した。会社員は在宅勤務となり、全ての学校が休みになった。外に出られるのは食料品や薬などを購入する時のみと厳しいものだった。これが感染拡大の抑え込みに効果的だったことは間違いない。市中感染は3カ月近く確認されていない。しかし、窮屈この上なかったのも事実だ。

ビルの電光掲示板に掲げられた政府のメッセージ。「Unite for the RECOVERY(力を合わせて復興を目指そう)」と書かれている(C)Alan Tennyson(CC BY-SA 4.0)

 ▽ゴールデンルール

 レベル1になった現在、個人に対する制限はほぼない。ソーシャルディスタンスを意識する必要はない。大規模集会への参加も可能だ。しかし、「コロナ以前」と同じように自由に振る舞えるわけではない。新型コロナウイルスと共存して暮らす、いわゆる「ニューノーマル」という生活様式を取らざるを得ないのだ。ちなみに「ニューノーマル」は日本で言うところの「新しい生活様式」とほぼ同じ意味になる。

 ニュージーランド政府は行動規範「ゴールデンルール」を策定して、市民に順守するよう求めている。具体的には①体調不良時は自宅にとどまる②風邪やインフルエンザのような症状が出た場合は医師の診察を受けて検査を受ける③手洗いやせきエチケットの徹底④保健医療機関の隔離指示に従う―などだ。もちろん、感染者をはじめとする他者への思いやりも忘れてはならない。

 これらに加え、どこに行って誰と会ったかを正確に記録することが必須となった。感染者が発生した場合にその行動を確認するためだ。ニュージーランド政府は「NZコーヴィッド・トレーサー」という追跡アプリを用意し、使用を促している。

 ▽揺さぶられる常識

 変化は行動だけでなく、意識にも現れている。約1カ月間継続したレベル4の生活で、ほとんどの人が初めて継続的に自宅で勤務せざるを得なくなった。ところが、その必要がなくなった現在でも多くの人が続けている。

 ニュージーランドの名門オタゴ大学が5月に発表した調査結果もこのことを裏付けている。それによると、ワークライフバランス(仕事と生活の両立)は難しいとしながらも89%もの人がしばらくは自宅で仕事を続けたいとしている。半年前には想像もできなかったことだ。ちなみに、生産性については73%の人が出勤時と同じ水準を維持できていると考えているという。

 「働くのは会社の事務所」というこれまでの常識が転換しつつあるのだ。

 新型コロナウイルスがもたらした経済の悪化は人々の気持ちに暗い影を落としている。統計局の発表では、2020年第1四半期(1~3月)の国民総生産(GNP)の実質成長率は前期比で1・6%減少している。これは1991年3月以来となる大幅な落ち込みだ。2月第1週から6月第1週までの個人消費も昨年同期比で15・9%減となっている。さらに4月の雇用者数は3万7千人減少した。前月比1・7%減となる。これは、調査が開始された2000年以来、月間では最大の減少率となった。

 大企業もあおりを受けている。例えば、ニュージーランド航空は全社員の3割に当たる4千人を解雇した。筆者の知り合いでも配偶者が解雇された女性が3人もいる。幸いどの家庭も子どもが独立している上、彼女らは正規社員として働いている。配偶者が再び勤め先を見つけるまで、何とかしのげそうという。だが、そうでない家庭はどうなってしまうのか。心配だ。

ニュージーランド保健省のホームページに掲載された「NZコーヴィッド・トレーサー」アプリについての説明。ダウンロードした上で店舗などを訪れた際に掲げられているQRコードをスキャンすると、自分がどこに行ったかを記録できる

 ▽新規感染者は1日平均約1人

 「(新型コロナウイルスとの)戦いは終わっていない。そこは誤解しないでほしい」

 レベル1に引き下げてから初めて感染者が確認された6月15日の会見でアーダン首相はこう強調した。同時に、感染者が再び出ることは必至で必要があればいつでも警戒レベルを上げると口にした。

 その後も新規感染者は現れており、保健省の統計では8月1日現在で60人となっている。1日平均だと約1・1人になる。1日の新規感染者が千人を超えることも珍しくなくなった日本からすれば驚くほど少ない。それでも、ニュージーランド国内では感染した人に対して怒りを抱く声も聞こえる。500万人の国民が一致団結して感染者をなくしたのに、その努力が水の泡になったというのだ。

 国外から見れば、ニュージーランドは新型コロナウイルスをうまく抑制しているといえるだろう。6月8日後の感染者は今のところは全員が海外からの帰国者だ。現在の対策を続ければ破綻することはないだろう。

 とはいえ、ニューノーマル下の生活は開放感にあふれるものではないのも事実なのだ。