熊本県南豪雨リポート 明日へつなぐために。(1)

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愛する自然は突如として牙をむいた。

透き通った水。豊かな緑。いやしの場であり、遊び場でもある。内外から愛されてきた自然は突如として牙をむいた。

7月3日午後11時55分。ことし初の土砂災害警戒情報が本町に発令された。息が苦しくなるほどのすさまじさ。明け方に向かうほど雨の勢いは増していく。午前3時20分、芦北町に発表された記録的短時間大雨情報を皮切りに県南部の雨量は1時間で110~120ミリ以上に。気象庁は午前4時50分に球磨地方、天草・芦北地方、宇城八代に県内初の大雨特別警報を発表した。
本町は溝や川のはん濫ですでに災害が発生している状態だったため、警戒レベルを最高の5へ引き上げ。同時に6地区355世帯917人に避難指示を発令した。「自宅に水が入ってきた」「土砂崩れで道が通れない」。薄暗い空が見え始めたころ災害対策本部の役場には電話が殺到。午前7時45分に避難指示を2地区追加し総数は476世帯1219人に。避難所の保健センターや改善センターには最大102人が身を寄せた。

■観測史上最大
大雨特別警報は数十年に一度の大雨が降り、重大な危険が差し迫ったときに気象庁が最大級の警戒を呼びかけるもの。集中豪雨の原因は「線状降水帯」。停滞した梅雨前線に向かって南から湿った暖かい空気が流れ込むことで雨雲が前線に沿って帯状に連なる。大雨を降らせる積乱雲一つの寿命は1時間ほど。だが連続して発生することで同じ場所に雨を降らせた。3年前の九州北部豪雨、2年前の西日本豪雨も同降水帯によるものだ。
3日夜からの24時間雨量は本町横谷で489・5ミリ。ほか6地点で観測史上1位を記録した。

■被害甚大
本町は人的被害こそなかったが、住宅の一部損壊や床上、床下浸水など40世帯93人が被害を受けた。6つの集落では二日間孤立状態が発生。道路や川、山林、農業の被害も164件と大きく膨らみ、光回線の本復旧もめどがたっていない(7月21日時点)。
今回の豪雨ではん濫が相次いだ球磨川は水害を繰り返す「あばれ川」として知られてきた。球磨川流域では水が堤防を越えて決壊するなどした結果、市街地や農地など広範囲に水が浸かり、下流域の人吉市や球磨村を中心に甚大な被害をもたらした。国道219号、3号をはじめ、各地で道路が寸断。球磨川にかかる橋も軽々と流されてしまった。
人吉~湯前間を走るくま川鉄道も被害を受けて長期間の運休を余儀なくされた。死者数は県内だけで60人超。私たちの地域に大きな爪痕を残す歴史的大災害となった。

■対策本部の動き(7/3~4)※抜粋
▽7/3
23:55:土砂災害警戒情報(警戒レベル4相当)

▽7/4
0:25:第1回災害警戒本部会議(同日5回)
0:45:
・避難勧告 6地区(355世帯917人)
・避難所開設 保健センターなど2カ所
2:42:消防団出動要請
4:50:大雨特別警報
5:15:警戒レベルを5へ引き上げ
・避難指示 6地区(355世帯917人)
・避難勧告 その他(1104世帯2541人)
・避難所増設 改善センター
7:45:避難指示 8地区(476世帯1219人)
11:50:大雨特別警報が警報に切り替わる
13:00:被害調査開始

■町の主な被害状況(7/21現在)
避難状況:延べ95世帯171人
住家被害:
・一部損壊 1世帯5人
・床上浸水 1世帯5人
・床下浸水 38世帯83人
孤立集落:6集落7/4~5解消
道路被害:31件
河川被害:18件
山林被害:20件
農業被害:95件
電話障害:7/7復旧
町光回線:7/10仮復旧

■対岸のことではなかった――
「ため息しか出ない。だれが悪いわけでもないのだけれど…」。竹下建具製作所の竹下裕一(ゆういち)さん(53・上里1)は、やるせなくつぶやく。午前8時過ぎに道路の側溝からあふれた水は無情にも工場に流れ込んだ。入り口に木の板を置くも足首まで水が浸かり、木の床はベコベコに。床と接していた木材は使い物にならなくなった。工場となりの自宅は難を逃れたが裏溝のはん濫で側面のコンクリートも40メートルほど倒れた。「50年間生きてきて初めて。台風でもこんなことにはならなかったのに。3日経っても仕事にならない」と天を仰いだ。
上村の実家で畜産業を営む石井崇雄(たかお)さん(35・上里1)。大谷川と溝からあふれた水が実家の敷地に流れ込み、玄関まで水が押し寄せた。「外はひざまで水が来ていた。玄関が浸かる前に子どもたちと一緒に避難所へ行くことを決めた。急に水かさが増えてきたのでびっくりした」。倉庫の農機具に故障はなく、牛舎もぎりぎり助かったが、田んぼにはごみが流れ込こみ、土手は崩れていた。「これから飼料稲を植えないといけないが、どうしたものか。それでも他の地域と比べれば。これぐらいで済んでよかった」。不幸中の幸いだと自分に言い聞かせた。
福寿荘の料理長を務める松原薫(かおる)さん(52・浜川)は午前5時に家を出るとき、雨の降り方がいつもと違うことを感じていた。自宅の裏山が崩れたことを耳にし、見に行くと倉庫などが流木で押し崩され、自宅屋根にも木がかかっていた。「いろいろ想像したが、実際に見たとき、これぐらいで済んでよかった。玄関側の瓦が崩れて多少の雨漏りはあるけれど、家族が無事で電気もつながっているし、水道も使える。むしろ福寿荘が停電していたことの方が心配だった。利用者のご飯は大事だから」。松原さんは前向きにとらえる。