『おかあさんの被爆ピアノ』実験的肌触りの社会派映画

(C) 2020映画「被爆ピアノ」製作委員会

 「被爆ピアノ」とは、広島の爆心地から3km以内の至近距離で被爆したピアノで、本作で佐野史郎が演じる矢川光則ができるだけ元の部品を生かして調律し、平和の音色として今も現役で活用されているピアノのこと。矢川のその活動を追ったドキュメンタリー番組を、監督の五藤利弘が自ら劇映画として撮り直したのが本作だ。

 当初は、大杉漣が矢川を演じるはずだった。その遺志を大杉と親交があり、これまでにも多くの反戦・反核映画に積極的に出演してきた佐野が受け継いでいる。自分が被爆三世で、そのことを母親が隠していたと知った女子大生のルーツ探し。そんなフィクションの形を借りて、反戦・反核のメッセージを訴える。

 とはいえ、主人公の矢川は実在の人物であり、劇中の平和コンサートで演奏したり歌ったりするのも実在の本人たち。一方で、佐野が演じる矢川が話を聞きに行く実在の被爆者は、別人が演じている。加えて、再現VTRのようなシーンまで登場するのだ。実は個人的に本作に惹かれた理由は、むしろこのいびつさの方。虚実のあわいというのは、ドキュメンタリー、フィクションに限らずどんな映画にも必ず備わっているものだが、まるでモキュメンタリーのように、その境界線をガサガサと音を立てて行き来する本作には、メッセージ性の強い社会派映画にもかかわらず、実験映画のような肌触りがあるから。★★★☆☆(外山真也)

監督・脚本:五藤利弘

出演:佐野史郎、武藤十夢、森口瑤子

7月17日(金)から広島県で先行公開、全国順次公開中。

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