記者の同級生が26歳で事故死 高齢者の車と衝突 免許返納、生前の「願い」

松本千明さんの遺影に手を合わせる遺族=佐世保市内

 昨年11月30日午後。佐世保市の会社員、松本千明さん=当時26歳=は車を運転し、福岡に向かっていた。友人宅で開かれる「鍋パーティー」に参加する予定だった。
 佐賀県伊万里市内の西九州自動車道を走行中、対向車線を走っていた車が突然、中央線をはみ出してきて正面衝突。ガードレールの上まではじき飛ばされ、千明さんは頭を強く打って死亡した。
 相手の車を運転していたのは、当時76歳の男性。「前方注視を怠った」として自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪で起訴され、7月17日に佐賀地裁武雄支部で有罪判決を受けた。
 千明さんは1993年、父丈晴さん(53)、母いづみさん(54)の間に、3人きょうだいの長女として生まれた。「『千』を数えるくらい、ずっと『明るく』生きてほしい」。両親はそんな思いを込めた。
 地元の高校を経て、県外の大学に進学。卒業後は親和銀行(佐世保市)に入行し、浜田町支店で窓口業務などを担当した。3年目の冬に人事部に異動となり、それからは採用活動に取り組んでいた。
 事故当日の夕方。両親のもとに唐津赤十字病院(佐賀県唐津市)から電話がかかってきた。
 「落ち着いて聞いてください」。そう前置きがあり、千明さんが交通事故に遭ったこと、助かる可能性が低いことを告げられた。家族が病院に着いた時、千明さんは白い布に覆われ、ベッドに横たわっていた。
 「千明、千明!」
 何度呼び掛けても、体をゆすっても、返事はなかった。検視の後、千明さんを連れて自宅に帰った。最後の夜は、家族5人で川の字になって寝た。氷のように冷たくなった千明さんの体を、家族は朝まで抱き締め続けた。

 千明さんは、記者の高校時代の友人だった。彼女が生前、高齢運転者が起こした死亡事故のニュースを見て、運転免許証の自主返納が増えることを願っていたと後に聞いた。彼女の「願い」の意味を考える。

 「ぶつかる前の記憶がない。エアバッグの衝撃でわれに返った」

26歳で亡くなった松本千明さん。運転免許証の返納が増えることを願っていた(遺族提供)

 7月3日、佐賀地裁武雄支部で開かれた初公判で、被告の男性(77)は起訴内容を認めた。事故を起こした原因については「ぼーっとしていた」と供述。70歳を過ぎてから家族に免許返納を勧められていたが「運転技術に不安はなかった。自分の体を過信していた」と述べた。
 松本千明さんの遺族は被害者参加制度を使い、法廷で意見陳述。「夢、人生、家族との幸せ。どれもこれも希望にあふれていたのに全て加害者の手で閉ざされてしまった」。父の丈晴さん(53)は悔しさをにじませた。千明さんには交際相手がおり、結婚を真剣に考えていたという。妹(24)は「楽しみにしていた結婚も出産も、家族との時間も全て奪われました」と涙ながらに思いを述べた。
 そして、17日の判決。被告に言い渡されたのは禁錮1年6月執行猶予3年(求刑・禁錮1年6月)。その瞬間、千明さんの遺影を膝に置いて傍聴した母いづみさん(54)の目から涙があふれた。「千明は全てを奪われたのに、加害者は普通の生活に戻れるなんて。かわいそうでならない」
 遺族の裁判は不本意な形で終わった。

 昨年4月、東京・池袋で高齢者が運転する車が暴走し、母子が死亡した事故。千明さんはニュースを見て「遺族がかわいそう。加害者家族は免許返納を促さなかったのか」と涙を流して悔しがっていたという。
 池袋の事故の後、千明さんの祖母は免許を返納した。そのことを知ると喜び、買い物で苦労していても「世の中のためにはこれでいい」と話していたという。皮肉にも、そんな彼女が、高齢ドライバーによる事故で命を落とした。
 どうすれば防ぐことができるのか。免許の自主返納は年々増加傾向にある。特に昨年は池袋の事故を受け急増。1年間で約60万人が返納し、前年より約18万人増えて過去最多を更新した。県内も約6千人(前年比約1800人増)と過去最多だった。
 返納者の「生活の足」を支援するため、バスやタクシーの料金を割り引くなどの支援に乗り出す自治体や事業者が増えているが、公共交通機関がない地域ではどうしても車を手放せない人もいる。県警は▽夜や雨の日は運転しない▽近所だけにする-などルールを決めて運転する「補償運転」を推奨している。
 事故の数だけ、被害者の悲しみがある。身近な人が当事者となり、その現実を痛いほど突き付けられた取材だった。超高齢化社会が到来した今、事故を防ぐさまざまな対策が求められている。
 「ハンドルを握る前に、もう一度考えてほしい。尊い命を、あなたの手で奪わないために」
 千明さんのそんな言葉が聞こえる気がする。


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