元徴用工問題、解決策なく長期化へ 報復措置も韓国への影響は限定的

By 内田恭司

ソウル市内に設置された韓国人元徴用工を象徴する像の前で集会を開く労働団体 =2019年12月13日(共同)

 元徴用工への賠償を命じた韓国最高裁の判決を受け、資産差し押さえの書類を被告の日本企業側が受け取ったとみなす「公示送達」の効力が4日午前0時に発生した。韓国の裁判所はいつでも資産の売却命令を出せる状態となった。もし命令を出せば日本は報復措置を取る構えで、戦後最悪と言われる日韓関係は一層深刻な事態に陥る。

 残された手続きがあるため、現金化までは半年以上かかるとみられる。その間に、日韓両政府は解決策を模索したい意向だ。しかし、双方の非妥協的な態度は相変わらずで、展望は開けそうにない。日本が対抗措置を取っても韓国への影響は限定的と予想され、問題はいよいよ長期化する様相となっている。(共同通信=内田恭司)

 ▽ヤマ場は来年1月以降

 日本の植民地時代に非人道的な扱いを受けたとして、損害賠償を求めた元徴用工訴訟。韓国最高裁が原告全面勝訴の判決を下したのは2018年10月30日だ。これを受けて、韓国の地裁支部は被告の日本製鉄に対し、国際的取り決めにより外交ルートを通じて資産差し押さえに関する書類を送達しようとした。

 しかし、日本外務省は「元徴用工問題は日韓請求協定で解決済み」との立場に照らし、通知すれば「国益を著しく害する恐れがある」として拒否。このため韓国の裁判所は今年6月、ホームページなどに掲示することで送達したとみなす公示送達の手続きに入った。 

元徴用工訴訟の判決を言い渡した韓国最高裁大法廷=2018年10月30日(共同)

 今回、効力が発生したことで、裁判所が直ちに売却命令を出し、現金化されるかのような報道もあるが、それはなさそうだ。この後は、鑑定→命令→通知→競売→配当との流れになることが想定され、時間を要するからだ。

 具体的に説明しよう。韓国側が差し押さえているのは、日本製鉄が韓国の鉄鋼大手ポスコと合弁で現地に設立したリサイクル会社「PNR」の株式約19万4千株。だが、PNRは非上場で、株式の価値を鑑定する必要があるため、まずは査定作業に入る可能性が高い。この作業に「2、3カ月かかる」(韓国政府関係者)という。

 そして裁判所による売却命令の発出となるが、その場合も関係書類を外交ルートを通じて日本製鉄に送達することが求められる。当然、日本外務省は拒否するため、韓国側が丁寧に手続きを進めるなら、再び公示送達を行うことになる。売却命令の効力発生というヤマ場には、さらに2カ月が必要になり、「早くとも来年1月以降になる」(同)見込みだ。

 ただ効力が発生しても、日本製鉄が売却を拒否するのは確実。裁判所は株式を競売に掛けなければならない。企業が応札しようとすればさまざまな批判や圧力にさらされる恐れがあり、手を挙げるのは限られるだろう。また入札金額が設定した最低価格より低ければ、競売そのものが不調に終わることも考えられるという。

 ▽日韓首脳会談は期待薄

 資産売却まで少なくとも半年ほど猶予があるとはいえ、両政府はそれまでに解決への道筋を付けることができるのだろうか。日本政府関係者は「日韓関係は悪化の一途をたどっており、正直に言って難しい」と話す。

 韓国は今月、14日が「慰安婦をたたえる日」、15日は日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」を迎える。24日は、またも日韓間の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の延長期限が来ることから、日韓関係はさらに険悪になるとの指摘もある。

 こうした状況で関係者の間で取り沙汰されているのは、8月下旬の安倍晋三首相と文在寅大統領による首脳会談の開催だ。米国は先進国(G7)首脳会議の今年の議長国で、トランプ大統領は8月下旬の米国での開催を呼び掛けている。そこに文在寅大統領を招待しているため、この機会を利用しての日韓首脳会談が可能なのだ。

首相官邸での会合で発言する安倍首相=7月22日

 GSOMIAについて、日本側は「韓国は破棄しないだろう」(日本政府関係者)と見る。米国が日米韓3カ国の安全保障協力を重要視しており、その要に日韓GSOMIAを位置付けているからだ。破棄すれば「G7に招いてくれたトランプ大統領の顔に泥を塗ることになる」(同)というわけだ。

 文在寅政権が7月に入り、外交・安保政策の司令塔である大統領府の国家安保室長に、日韓関係重視派である国家情報院の徐薫院長を充てる人事を発表したことも、GSOMIA延長を後押しする。韓国の対日世論は引き続き厳しいとはいえ、光復節を迎えても文在寅大統領は、昨年に続いて日本との対話を重視する姿勢を示すとみられる。

 安倍首相が乗り気でなく、当局間で「何の調整も始まっていない」(日本政府関係者)とはいえ、首脳会談開催に向けて韓国政府側に大きな障害はなさそうだ。

ソウルの大統領府で会議を開いた文在寅大統領=7月20日(聯合=共同)

 しかし、G7が開かれ、日韓首脳会談が行われたとしても期待はできない。元徴用工問題について日本は「解決済み」、韓国は「司法の判断を尊重する」との原則的立場を譲らない以上、大きな前進を図ることは困難だからだ。

 当局者の間では、昨年12月の首脳会談で一致した「対話による解決」方針を改めて確認。日韓双方の議員連盟や経済団体に解決策を模索するよう働き掛ける案も浮上している。

 議論の土台となるのは、5月末に廃案になった文喜相・前韓国国会議長案。日韓企業と両国民の寄付で賠償金を支払う案で、再度、解決の枠組みを探ろうというものだが、双方の立場を損なわず、世論も納得する形で見直すのは「極めて難しい」(同)のが実状で、資産の現金化までに展望が開ける見通しは立たない。

 ▽日韓とも次期政権へ

 韓国側が現金化に踏み切れば、日本が報復措置を取るのは必至だ。菅義偉官房長官は8月4日の記者会見で「あらゆる選択肢を視野に入れて、引き続き毅然(きぜん)と対応する」と述べ、具体的に検討していることを改めて明確にし、韓国側を強くけん制した。

記者会見する菅官房長官=8月4日

 想定されるのは査証(ビザ)発給条件の厳格化や駐韓大使の一時帰国だ。経済分野では韓国製品への追加関税、日本から韓国への送金規制もある。

 ただ新型コロナウイルスの感染拡大で日韓間の往来が激減、ビザ発給制限の効果は薄く、大使の一時帰国も実質的な打撃はない。経済制裁は日本側にもダメージがあり、痛み分けになる可能性が高い。日本が対抗措置を取っても日韓関係がさらに泥沼化するだけで、元徴用工問題の解決にはつながらない。

 ある韓国政府関係者は「日韓共に現政権下での決着は絶望的だ」として、次期政権での解決に期待する考えを示す。安倍首相の自民党総裁としての任期は2021年9月で、文在寅大統領は2022年5月。それまでは日韓関係がこれ以上悪化しないよう「うまくマネージ(管理)していく」しかないという考えだ。

 日本では安倍首相の後継として、岸田文雄自民党政調会長や石破茂元幹事長、菅官房長官らの名前が挙がる。韓国では、知日派とされる李洛淵前首相が世論調査でトップの位置を付けている。今年1月に「1千人訪韓計画」をぶち上げた二階俊博自民党幹事長の後押しで次期首相が決まれば「二階氏が求める日韓関係の改善が具体的な政権課題になる」(二階派中堅)と見る向きもある。

 現時点で両国の政局を展望してもあまり意味がないとはいえ、次期政権に期待する声が出るのは、それほど現政府間の協議が行き詰まっていることの証左に他ならない。元徴用工問題を巡る日韓間の溝は深い。

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