コロナ禍が刑務所に迫る変革 ICT導入は喫緊の課題

感染した疑いのある受刑者を隔離する想定で行われた京都刑務所の訓練

 新型コロナウィルス感染症は、刑務所や拘置所などの刑事施設にも影響を及ぼしている。大阪拘置所、東京拘置所などで刑務官や被告人の感染が確認されたことから、政府の緊急事態宣言の期間中、全国の刑事施設で、弁護人以外との面会が制限された。受刑者と外部との面会(外部交通)によって感染リスクが高まれば、刑事施設内でのクラスター(感染者集団)発生につながりかねない。だから面会制限は当然だという考え方もあるかもしれない。しかし、それは安易なやり方だと言わざるを得ない。

 新型コロナウィルスは、これまでの社会のあり方に見直しを迫っている。長く刑事法を研究してきた者として、刑事施設にとっても変革のチャンスが巡ってきていると感じる。そのカギとなるのは、ICT(情報通信技術)であろう。コロナ禍の時代にあって、ICTの導入・活用が刑事施設に何をもたらすかを述べたい。(神奈川工科大講師=多田庶弘)

 刑事施設に収容されている受刑者は、罪を犯して更生のために入所している。償うためには、一定の制限は当然であり、そもそも受刑者と外部の者との面会は必要ないという意見もあるかもしれない。

 しかし、外部の者との面会は、受刑者と社会を結ぶ細い糸だ。その糸を簡単に断ち切るなら、受刑者の社会復帰にとっていい影響はない。社会復帰に失敗し、再び罪を犯すことになれば、社会にも大きな不利益をもたらす。

 2019年の矯正統計年報によれば、刑務所入所者の有期刑のうち約8割は、5年以下の懲役・禁錮刑である。受刑者の多くは比較的短期間で社会に戻るのだ。入所中に社会とのつながりが閉ざされてしまうと、出所が近づいても職を探すことが困難になる。住む家も確保できない。出所後、マイナスからのスタートになってしまう。

 受刑者と外部の者との面会の機会は、受刑者の人権として尊重される必要があるだけでなく、更生のチャンスを広げるためにも重要だ。この重要な外部交通の機会と、現下の最大の課題ともいえる新型コロナウィルス感染症のリスク回避を両立させるにはどうするか。その手段がICTだ。

 ICTを活用すれば、外部の者とのオンライン面会が可能となる。受刑者と社会とのつながりを保ちながら、感染リスクをゼロにできる。刑事施設の多くは市街地から離れた場所にあるから、面会する家族や友人にとっても、負担は大きく軽減される。

 刑事施設はこれまで、ICTと無縁で過ごしてきた。刑事施設の収容者は、インターネットにアクセスできず、当然ながらメールもSNSも使えない。しかし、そのような状況は是正される必要がある。

 現代社会はIoT(Internet of Things、モノのインターネット)社会といわれ、塀の外に一歩でも出れば、さまざまな形でICTと関わることが求められる。刑事施設から社会に戻って、仕事に就こうとしても、ICTと関わらない仕事しかできないなら、選択の幅はかなり限定されてしまうことになる。

 仮に、入所以前にICTと関わる仕事をしていても、この分野は日進月歩であるから、入所中にそれに触れないでいると、浦島太郎のようになってしまう。入所中からICTと関わりを持つことで、社会復帰後のIoT社会への対応も容易となるはずだ。

 また、ICT環境が整備されれば、理想的には、受刑中でも会社を退職することなく、オンラインを利用した働き方(テレワーク)により就業を続けることができる。そうなれば、社会に戻っても仕事が見つからず、再び罪を犯すといった事態も減るのではないか。もっともそのためには、刑務作業のあり方そのものを見直すことも必要となろう。

 ICTを通信教育でも活用すれば、受刑者の学習や資格取得の支援にもつながるだろう。

 さらに、刑事施設の医療にもICTの導入が期待される。

 高齢化社会のなかで、刑事施設の収容者の高齢化も進んでいる。矯正統計年報によれば、新たに刑務所に入所した「新受刑者」のうち65歳以上の人は、2009年に7%だったのに、19年には13%まで上昇している。高齢の人が増えれば、必然的に医療の対象になる人も増える。

 他方、刑事施設は慢性的な医師(矯正医官)不足に悩む。犯罪白書によれば、19年4月の時点で定員の9割しか充足できていない。医師不足は、診療の遅れや不十分な治療といった医療水準の低下を招きかねない。実際、受刑者を支援する団体からは、医療体制の不備を指摘する声が上がっている。

 ICTを利用したオンライン診療を導入すれば、この問題の根本的解決が可能だ。外部の医療機関と連携することで、医師不足を解消でき、受刑者の日常的な健康管理も容易にできるようになる。

 コロナ禍によって制限された外部交通の手段としても、現在、中心となっている郵便による通信から、電子メールなどに広げていくべきだ。通信手段の容易化と多様化は、受刑者の心情の安定にも資すると考えられる。

 刑事施設へのICT導入によるメリットばかり述べてきたが、懸念もなくはない。外部社会とオンラインでつながることにより、例えば、外部と連絡をとって脱走の手助けをしてもらうといったリスクも考えられる。しかし、居住スペースでの利用を不可としたり、利用時間帯を限定したりといった対策を講じることで、こうした不正利用は防止できる。

 新型コロナウィルス感染症の拡大は、人と人の直接の関わりを制限する方向に働いたが、ICTの活用によって、空間的な距離を乗り越えて交流できる可能性をも示した。ひとり刑事施設が、これを拒否する姿勢を貫くなら、塀の中と外の溝はいっそう深まり、受刑者の社会復帰へのハードルはますます高くなるだろう。

 ここでは「社会復帰」という言葉を使ったが、正確に言えば、刑事施設自体も社会の一部であり、罪を犯したとはいえ、受刑者も社会の一員である。コロナ禍が社会にICTの重要さを刻印したとすれば、刑事施設でも、受刑者が社会とつながる仕組みとしてICTを大いに活用することは、けだし当然と言えよう。

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多田庶弘氏

 ただ・ちかひろ 63年東京都生まれ、新潟大大学院修了、博士(法学)、神奈川工科大講師、専門は犯罪学、共著『現代社会を読み解く知』、共訳書『死刑制度』(ピーター・ホジキンソン、ウィリアム・A・シャバス著)。

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